四十三段目 《口は虚しき》 | 《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

《階段の途中》 マジすか小説&AKB小説

マジすか学園の小説です。
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怒声と罵声が飛び交うC組の教室。
いつもと変わらない喧騒の中、優子と陽菜は退屈な時間を他愛ない会話で紛らわせていた。
「暇だな」
「暇だね~」
「柏木の見舞いでも行くか?」
「あ、賛成~」
優子の提案に陽菜が頷いた時、教室の前の扉がガラガラと音を立てて開かれた。
瞬間――教室にいた生徒達が弾かれたように立ち上がる。目を見開き、口をパクパクと動かしながら後ずさった。
扉を開けた人物――大島麻衣は教室をぐるりと見渡し、怯える生徒達に問い掛ける。
「優子いる?」
異例中の異例。
ラッパッパ部長が一年の教室に現れる――その前代未聞の登場に言葉を失った生徒達は、麻衣の問いに視線だけを優子に向ける。
生徒達の視線が集まる方に目を向け、麻衣はやっと優子に気が付いた。
「お、いたいた。ちょっと話があるからこっち来いよ」
ニカッと快活に笑ってみせる麻衣。
静まり返った生徒達の間を抜けて、優子が麻衣の正面に立った。後ろには陽菜もいる。
陽菜の気配に気付き、優子が後ろを振り向いた。
「陽菜はここで待ってろ」
「ヤダー、私も行く」
拗ねた陽菜が頬を膨らませる。
赤、緑、桜――三色の線が走る麻衣の黒髪を指差し、陽菜は首を捻った。
「そもそも、この変な髪の人だれ~?優ちゃんの友達?」
麻衣が眉を寄せる。しかし、すぐ口元に薄い笑みを浮かべた。
「この三色には意味があるんだ。てか、三色じゃなくて四色――」
「麻衣さん、行きましょう。私に話があるんすよね」
麻衣の話を遮り、優子が麻衣と向き合う。
「ここは人が多い。場所を変えませんか?」
「そうだな」
麻衣が頷くと、二人は陽菜を残して教室を出た。
陽菜も今度は優子に連いて行こうとはしなかった。
ただ、自分を拒絶するかのように閉じられた扉を見詰める。
無表情に、本人以外は知り得ない深い感情をその美しい仮面の裏に隠して。



屋上に吹く風を受け、麻衣は大きく伸びをした。
「ん~やっぱり屋上はいいなぁ。な、優子」
「そうですね」
覇気の無い返事を返す優子をチラリと見て、麻衣は小さく苦笑した。塗装の剥げたフェンスに寄り掛かり、優子を正面から捉える。
風が吹き、麻衣の髪が宙を流れた。
「で、アイツの様子はどうだ?」
「あいつは――陽菜は記憶を失ってます。“あの状態”になってた時のことは何も覚えてないみたいです」
「ふ~ん」
適当な相槌を打ちながら、優子の目を覗き込む麻衣。
「・・・本当だと思うか?」
「どういう・・・、意味ですか?」
優子が尋ねると、麻衣は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「まぁ、いいや。私は何も知らないし」
優子が麻衣の言葉を追及しようとしたが、それより早く麻衣が口を開いた。
「なぁ優子。お前、ラッパッパに入部しろよ」
唐突に麻衣はそう切り出した。
びゅっ――と強く風が吹く。
その端を捉えるように優子は小さく息を吸った。
「それは・・・私だけですか?」
「そうだ」
「陽菜は・・・」
「駄目だ」
「なら、私は入れない」
あの日の誓い――
“ずっとそばにいる”
陽菜に、誓ったんだ。
「私は陽菜を独りにさせたくない」
「アイツが一緒じゃなきゃ駄目。そう言うことだな?」
「はい」
固い決意を持って頷く優子に、麻衣は深くため息を吐いた。
「お前には悪いが、アイツの心を覗く力は集団に向いてない。あれは集団を壊す力だ。お前も見ただろ?アイツもまた、天災の一人だったんだよ」
人とは決して交われない――最後に麻衣はそうは言い放った。
その言葉に、優子の内で何かが爆ぜる。
「ちょっと待てよ・・・」
優子が強く麻衣を睨み付ける。
言い様の無い怒りが握り締めた拳を小刻みに震わせた。
「そんな言い方ねぇだろ!あいつは――」
「私の友達、か?」
「・・・そうだ。友達だよ」
呻くように頷いた優子を真っ直ぐに見据え、麻衣は言葉を紡ぐ。
「甘いな。何でもダチだダチだで解決か?そんなの“友達”って言葉で問題を覆い隠してるだけだ」
「ッ!別に――」
その先の言葉は――出てこなかった。
優子は唇を噛んで俯いた。
「また来る。その時にもう一度訊くから、よく考えとけ」
屋上を去る麻衣の足を視界の隅に捉えながら、優子は何も言えないまま己の影をじっと睨み付けた。
風に吹かれ、影の輪郭が歪に揺れる。



「あの人・・・何組だっけ」
玲奈は視線を辺りに彷徨わせながら、廊下を歩いていた。その手には小さな紙切れが握られている。
「わかんないや・・・前にも一回来たのに・・・」
どうしよう、と迷った玲奈は目に付いた教室の扉を適当に開けてみることにした。
一年C組の扉に手を掛け、開ける。
「――ッ!」
目の前に――無機質な黒い瞳が二つ。
一瞬で恐怖に囚われた玲奈は、声にならない悲鳴を上げた。
「あ、玲奈ちゃんだ~」
「・・・え?」
名前を呼ばれ、改めて目の前の人物を見る。
それは、ニコニコと笑う陽菜だった。
「小嶋さん・・・」
「陽菜でいいよ~」
優しい笑み。先程の“瞳”が嘘のようだ。
玲奈は、まるで底の見えない闇を覗いたような恐怖を覚えた。
「玲奈ちゃん?」
「あ、ごめん・・・」
じっと陽菜の顔を見ていたことに気付き、玲奈は慌てて顔を伏る。
陽菜は楽しそうに笑った。
「玲奈ちゃん面白いね。で、今日はどうしたの?」
「コレの使い方、わからなくて・・・」
そう言って、玲奈は手に持っていた紙切れを陽菜に見せた。
「コレって・・・優ちゃんに渡された連絡先でしょ?」
頷く玲奈。
「使い方わからないの?」
もう一度頷く玲奈。
「え~もしかして携帯持ってない?」
その問いには首を振る玲奈。
「買った。でも使ったこと無い」
「嘘・・・ちょ、ちょっと見せて」
うん、と頷いて玲奈はポケットから真新しい白の携帯を取り出した。
「はい」
玲奈に渡された携帯を受け取り、陽菜が電源を入れる。
「・・・初期設定すらしてないじゃん」
「うん。今初めて電源入れた」
愕然とする陽菜。玲奈は不思議そうに首を傾げた。
「ねぇ・・・」
玲奈が小さく口を動かし、陽菜の目を見る。
「使い方、教えてくれる?」
綺麗に澄んだ――純粋な瞳。
陽菜は柔らかく微笑み、頷いた。
「うん。いいよ」
電話の掛け方。メールの送り方。アドレスの登録の仕方などを一通り教え終わると、陽菜は自分の携帯を取り出した。
「優ちゃんのはその紙に書いてあるやつ入力してね」
「・・・わかった」
「じゃ、私とも交換しよっか」
玲奈は無言で頷き、ポチポチと携帯を操作して赤外線受信の画面を出す。
「お~、覚えるの早いね。よし、じゃあ送るよ。えいっ」
掛け声とともに自分の連絡先を送る陽菜。
「来た・・・」
呟き、玲奈は再び携帯を操作する。
「・・・出来た」
「見せてー、何て名前で登録したの?にゃんにゃん?」
陽菜が玲奈の携帯を覗こうとすると、玲奈は慌てて携帯を隠した。
「え~見せてくんないの~。あ、もしかして変な名前で登録したとか?」
無言で首を振る玲奈。
「じゃあ見せてよ~」
「・・・ヤダ」
頬を膨らませた玲奈が陽菜を睨む。陽菜は思わず吹き出した。
「・・・何で笑うの?」
「え~、だって玲奈ちゃんが可愛いから」
可愛いと言われて、玲奈の顔がみるみる赤くなる。
「あれ?照れてるの~?可愛い~」
「か、帰るだ」
照れるあまり意味のわからない言葉を言ってしまった。それにより、玲奈はますます顔を赤らめる。
赤く染まった頬を隠す為に陽菜に背を向けて、玲奈は教室を飛び出した。後ろから自分の名前を呼ぶ陽菜の声が聞こえたが、振り返らずに走る。
――可愛いって言われた。
初めてだ・・・。
しばらく走ったところで立ち止まって息を整えていると、前方に優子が見えた。
両手をスカートのポケットに入れ、俯き気味にこちらに向かっている。
「ね、ねぇ・・・」
声を掛けると優子が顔を上げた。少し驚いてる。
「ん、あぁ・・・玲奈か」
どこか表情が暗い。前みたいな元気が無かった。
――具合、悪いのかな?
「見て、携帯買った。陽菜に色々教えてもらった」
まだ二人分の連絡先しか登録されていない真新しい白の携帯を優子に向けて見せる。
でも、優子は見てくれない。
「そっか、よかったな」
笑顔。でも暗い。明るくない笑顔。
どうして?
「・・・見てよ」
優子に携帯を押し付ける。
優子は一度携帯に視線を落としたけど、すぐに目を逸らした。
「また今度な・・・」
そう言われても、携帯を押し付ける。
他に方法を、知らないから。
どうしていいのか、わからないから。
ただ、笑って欲しかったから。
私は携帯を押し付ける。
「ねぇ、見て――」
「しつこいッ」
パンッ、と乾いた音がして、私の腕は弾かれた。
白い携帯が――くるくると回転しながら床に落ちる。
慌てて拾い、壊れていないか確認していると、優子の弱々しい声が聞こえてきた。
「わりぃ・・・」
「大丈夫。壊れてないから」
困ったように俯く優子。
違う。私はそんな顔が見たかったんじゃない。
「・・・じゃあな」
背を向けて、優子は行ってしまった。
俯き気味に、両手をスカートのポケットに入れて。
どうして?
「怒ってるの?」
私、何か悪いことしたかな?
嫌われちゃった?
また?
どうして――どうして?
「ねぇ、怒ってる?」
握り締めた真新しい白の携帯に付いた小さい傷が、やけに大きく感じられた。