みっちです。
今回はわたしの生い立ちについて簡単にまとめたいと思います。
◇わたしは、母と弟と祖父、祖母で暮らしていました。父はわたしが5歳のときに離婚していて、それ以来、会っていません。
◇離婚の理由は、父の暴力や不倫、育児放棄です。5歳のときに母が離婚しました。
◇家庭が壊れて行ったのはそれからです。
わたしの記憶に残っている幼い日の母はいつも機嫌が悪く、精神的にも追い詰められていました。
母は、私と弟に暴言や暴力を振るうようになりました。
※母自身も幼少期に暴言や暴力を受けて育っています。
◇わたしは常に母の顔色を伺って生きてきました。母が喜んでくれること、母が認めてくれることがなによりもの生きがいで、どんなことをされても、わたしは母のことが大好きでした。
おまえなんか産まなければよかった。生きてる価値がない。おまえは普通の人の足元にも及ばないのだから、努力をして努力をして生きなければならない。
日々、自分の存在理由を真っ向から否定されて、暴力も振るわれ(暴力については、祖母が亡くなったあとにぱったりと止みました。12歳のときでした。
その当時の記憶が、後の人生でずっと心の中で泥の沼のように心に残っていて、わたしはずっと幼い頃の記憶から動けなくなっていました。
わたしは弟がいて、弟とはとても仲が良いです。
絶対におねえちゃんは不幸の輪廻を繰り返してはいけない。絶対に娘と旦那さんを幸せにできるように自分と向き合わなければいけない。
別の記事で書こうと思っていますが、旦那さんは本当に菩薩のような心が綺麗で穏やかで優しい人です。
旦那さんとだいすきな娘に
わたしのような思いをさせたくない、そう強く思ったことが
わたしが産後、境界性パーソナリティ障害と向き合おう、自分が母のようになってはいけない。そう思ったおおきなきっかけです。
ちなみにですが、わたしはいまも母のことは大好きです。
母自身には当時の子育てが辛かったみたいで、私や弟にした当時の記憶は断片的にしか残っていないそうです。
昔は母を恨んでいたこともありましたが、いまは心から育ててくれたこと、そして、いまはわたしを母なりに気遣ってくれていることに感謝しています。
感謝はしていますし、大好きなのです。
それでも、母から受けた苦くて重たい刃が心に残っていて
母のようになってしまう気質がある自分自身が嫌なのです。
つい感情が止まらなくなり、あふれていっぱいになってしまう。
責められている気がして気持ちが苦しくなってしまう。
誰からも責められていて消えたくなってしまう。
怒りが止まらなくなってしまう。
そんな自分の負の感情をコントロールできるようになりたいです。
次回は、いま書いた現状困っていること、最近の治療などを書いていこうと思います。
- 前ページ
- 次ページ