2016年8月生 日々のできごと

2016年8月生 日々のできごと

2010年結婚、2011年子宮頸がん健診3b、2012年繋留流産→胞状奇胎、2013年不妊治療開始、2015年人工授精、体外受精、2016年8月女の子出産

結婚7年目 色々あったけど、ようやく我が子に会うことができました。

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早いもので生後1ヶ月突入しました。

退院後丸々2週間里帰りし、自宅に戻ってからの1週目は余裕がなさすぎ、これが噂の産後鬱か?みたいになったんだけど、2日くらいメソメソしたら復活。
マタニティーブルーだったようです照れ


どうも私は自分で自分を追い込みがちなんです。
今は寝不足だし、イヤイヤな2歳児もいるし大変な時。
親も近くにいて色々やってもらえるんだからラッキーと思って、何も考えずに甘えるだけ甘えればいいのに、


結果甘えてるんですけど…



こんなに甘えていて、仕事復帰した時どうやってやればいいのだ…とか
まだまだ先の事を考えて不安になったり。
親ありきで考えちゃダメだとか思ったり。

復帰は半年以上も先なんだから、その時は子供たちも成長して、今より状況は良くなっているんだろうけど。

どうも先の事を考えて不安になる傾向があります。


そして、長女の時には卒乳まで苦しんだおっぱい。
今回は少しいい感じです。
とはいえ、定期的に母乳外来に行ってはいて、そこの助産師さんには「おっぱい難産」
と言われています笑い泣き

とにかく分泌が良い私。
しかも乳輪までパッツパツになって赤ちゃんがくわえにくい。
その為、今回は入院中1回目の授乳で乳首の根元にパックリ亀裂が…ガーン

それでも、長女の時はもっと分泌が多くて、横向きで眠れない。
常におっぱいがカチカチ。
いつもおっぱいの事ばかり考えて、ネットで検索。

それよりはだいぶマシです。

しかし、
長女は良く飲んだが

次女は片乳飲んで満足しがち。

片乳飲んでウトウト。
もう片方飲ませようにも、まったく口を開けず眠りの世界へ…

なので、結局飲み残しを搾って捨てたりしています。


今回こそは憧れの差し乳になれるといいのだけどなぁ。


そして早く涼しくなってお出かけしたいなぁ。




2019.7.9 予定日当日に元気な女の子が誕生しました。


以下出産レポです。


前の晩から痛みがあり、明け方病院を受診したものの、子宮口も2センチだしまだ奥の方だしで帰される。

寝不足だったので日中は昼寝したり、映画観たりゴロゴロ。昼過ぎに思い出したように階段昇降10往復。


17時前に歩いて娘と実家へ。途中何度か痛みに襲われる。

17時半 やっぱり痛いので布団で横になる。

18時 夕飯を食べてる途中に痛み出す

18時半 もしかしたら本陣痛かもしれないと思い出す 夫に陣痛きたかもとライン

18時40分 病院に電話

19時家を出る

19時10分 これから向かうと夫からライン

19時15分 病院到着→子宮口8センチのため分娩台へ

19時25分 夫に分娩台に乗ったことをライン

19時47分 誕生

20時 夫に生まれたことをライン


というスピード出産でした。

まさかこんなに早く生まれるとは思わず、赤ちゃんが出てきたときは本当にびっくりしてしまいました💦

え!!もう!?って感じで(笑)


明け方に1度帰されてるのもあり、更に前回は陣痛促進剤を使ったこともあり、夕方始まった痛みが陣痛だとはなかなか思えませんでした。

これはきっとまた前駆陣痛なんだ。と思っていました。


夫が向かってる途中で生まれてしまい、夫も立ち会えなかったことを悔やんでいたけど、まぁ無事に生まれてくれてそれが本当によかった。

ただ、18時半のラインを電話にしていたらギリギリ間に合ったのかも。と思うと私も少々後悔。。



でも仕方ない。

母子ともに健康であったので、それ以上はね。



今回は痛くなってからが本当に早かったので、移動とか準備とかで、腰をさすってくれる人がいなかった。



唯一実家で時折襲って来る痛みの時に、娘が私の肛門付近をグー✊で押してくれた。

2回ほど、ほんとやさーしくだったけど(笑)



いい思い出照れ



陣痛の痛みは今回より前回だけど、


分娩の痛みは今回の方がより強く感じたかなー


そして、前回も感じたこと。


助産師さんてほんとすごいなぁってこと。


私より絶対若い助産師さんが取り上げてくれたんだけど、病院に着いてからの迅速な対応とかほんとにほんとにすごい。


私は溶連菌が陽性だったから点滴もしなきゃだったんだけど、わずかな時間ですべてを速やかに対応していて、今思い返しても感動します。


ほんとすごい職業だなぁ〜

かっこいいなぁとつくづく思いました。

おそらくこれで最後の出産になり、助産師さんにお世話になることはないと思うのですが、娘たちが大きくなったら話して聞かせたいと思います。


以上、出産レポでした。

娘の保育園のことについて、怒りと悲しみ混じりの記事です。

5月末で0歳7ヶ月から通った園を退園しました。
6月1日より転入先の保育園に見事転園させることに成功しました。

ここまでは良かったのです。

東京都のこれまで通っていた園は下の子が3歳になるまで育休している間は、上の子の年齢に関わらず退園とはなりません。

転入先の自治体では上の子が3歳になっていれば、下の子が1歳の誕生日を迎えるまで退園とはなりません。

これも知っていました。
調べていました。


なのでうちの場合、7月が出産予定。
娘8月に3歳。

来年下の子が1歳になる7月まで育休可能。
それまで上の子は保育園。
下は上の子と同じ保育園に0歳児クラスから通わせて、育休復帰しようと考えていました。


が!!!!

結論から言ってダメでした。


なんと私は、6/1時点で既に妊娠しており、就労要件での保育園入園でないため、今年の9月末で上の子は保育園退園となるそうですえーん

かなりパニックになりました。

だって、育休になるんですよ?
復帰するんですよ?

なにを言っても無駄でした。


在園児であれば退園にはならないそうです。
つまり4/1までに引越してきていて、1ヶ月だけでも就労要件で在園していたら退園にはならなかったそうです。


そんなことって…

1.働いているお母さんで子供を保育園に預けている

2.専業主婦だが出産のために子供を保育園に預けている

3.働いているが出産間近に転居し、そのタイミングで子供を保育園に預け、その後育休し復帰して仕事をする


私は3です。

1のお母さんと2のお母さん

自治体の説明によると私は2のお母さんに分類されるそうです。

なぜ??

どれだけ考えても納得できませんでした。

つまり、

仕事をしているお母さんは妊娠中に転居するな。ということ。
転居するなら出産間近ではダメということ。


とてもショックでした。


娘は次の4月から3歳児クラス。

保育園なり幼稚園なりを選ばなくてはいけません。
幼稚園の申込みは10月頃。

私の職場復帰を4月に早めることは、会社に迷惑をかけます。
(既に派遣さんに2年の約束で来てもらっているため、人件費が派遣さんと私の2人分になる可能性)


1年だけ幼稚園に通わせて、4歳児で保育園に戻す。

これが会社に迷惑をかけない最善のことなんだけど、

娘の負担を考えると躊躇します。

今娘は新しい保育園に通い始めて1ヶ月。
まだ毎朝泣いています。
前の保育園ではほとんど泣くことなく楽しく通っていたので、大人の都合でコロコロ園を変えること、すごく心苦しいのです。



そして、4ヶ月通って慣れた頃(9月末)に退園。
0歳から保育園に行くことは日常だったのに、突然家で私と赤ちゃんと3人きり…


自治体って、
子供の事は考えてないのでしょうか?

働きたいけど保育園に空きがなくて働けないお母さんにはいい制度なのかもしれません。
だけど納得できない!
待機児童が多い都内の私が住んでいた区の保育園は育休中でも上の子は退園となりませんでした。

転入してきた自治体は空きがあるんです!!!

それなのに…えーんえーんえーん

転入者に対してもっと臨機応変に対応できないのでしょうか。

子育てしやすい街
などと言って、何かと助成金を出すのは結構ですが、
お金ばかりじゃないと思います。



どうにかならないものか…

9月末まではあと3ヶ月。

出産前に今後のこと(職場復帰と娘の保育園、幼稚園)が心配で、いつもグルグルと考えてしまっていますショボーンショボーンショボーン



引越ししました。

Uターンです。


3週間経ってようやく落ち着いてきました。

それにしても怒涛の引越しだった。


夫の新しい会社の入社日が決まっているのに住む家は決まっていない。

住みたい家の目星はついていたけど、借り上げ社宅にするため会社との調整が付いていなかった。


住む家が決まっていないのに引越し屋の見積もり。

入社日1週間前にようやく社宅契約完了。

即日引越し屋を予約。


そこから34日で実家へ。

私の妊婦健診。

娘の保育園転園の面接。

夫の初出勤。


初出勤後、娘を実家に託して、再度東京へ。

2日間で荷造り。

3日目の夕方搬出。

4日目の朝転居先への搬入。


そこから10日が経ち

ようやく部屋の片付けの目処がたちました。

臨月で2歳児連れての引越しはかなりヘビーでした💦

なにより日程にまったく余裕がなかった。


前の保育園とのお別れや夫の退職の余韻に浸る間も無く

これから寂しさが込み上げてくるのかな。


なにはともあれ、予定通りに新生活をスタートできて、本当によかった。


予定日まであと8日。

準備は概ね整いました。

元気に赤ちゃんが出てきますように!


本日から産休に入りました。

実際には2月末から1ヶ月緊急休み。
4月からは週2回午前だけの出勤だったので、長らく休んでいる感じですが、やっぱり産休となると気持ちが違う!

しかしこれだけ休んでいても、有休休暇や積立休暇を利用して欠勤3日で抑えられた💦
すごいいい会社だ照れ


シロッカー手術後安静に…とは言われていたものの、なんだかんだで結構動いていました💦
仕事に行っていたこと、病院の先生には内緒。

GWは旅行には行かなかったけど、近場で遊んでいたし、GW後にプチ旅に2回ほど行けた。
すごくいい思い出ができた。

子宮頸管は4センチ前後を維持していて、なんとかここまで大事にはならなかったこと、感謝です。


それから仕事に行っていてはなかなか出来なかったことを猛烈にやった!
ので、なぜか毎日忙しかった💦


2年分のフォトブックを作り、

娘の服を7着縫い上げ、
赤ちゃんのスタイも作った!!

かなり達成感!!


おそらく2週間後には抜糸をするので、その後はしばし安静にして、7月の出産を目指したいと思いますニコニコ

3月末に自宅に戻ってきました。

色々とやるべき事はあって安静に…というわけにもいかないけど、やはり自宅はいいですね。
娘の情緒も安定している気がするし、行き慣れた保育園も楽しいみたいで、毎朝「保育園いきたい〜」と言っています。

先週くらいから仕事も週2回午前中だけ。とかで行っています。
これがやっぱり限界かなぁ…
あまり調子に乗って後悔したくないし。

で、他の日は娘を預けた後、午前中だけは何かしらやって動いてるけど、昼ご飯食べた後、16時までは横になっています。
その後起きて夕飯の支度→娘の迎え。
21時就寝。

これまで貯めに貯めた写真の整理→フォトブック作成や、
本だけ買って手付かずだった娘の洋服などを作っています。
こういうのやってると時間が経つのがあっという間。
この贅沢な時間は一生のうちでそう何回もないと思うから前向きに捉えようと思います。

だけど正直、
臨月まで元気に動き回ってるママを見ると羨ましいけどあせる


で、ようやくわかった性別は



女の子爆笑


姉妹希望だったからかなり嬉しいドキドキ

娘の時はなぜかずっと男の子だと思い込んでいて、希望も男の子だったから結構ショックだったけど、
今回は希望どおり!!
こういうので大体は希望の逆をいく私なので、少々半信半疑ですが、2回目のエコーでも女の子と言われたのでたぶん確定かな?

私自身同性の兄弟がいないので、同性兄弟に憧れていました!


ただ、私も夫も姉妹の親というのが信じられないし、不思議だぁーってずっと言ってる(笑)

シロッカー手術後、退院して自宅安静中です。

安静といっても寝たきりではないです。
ただ家事、育児はほぼせず実家の親に頼りまくりですが…。

湯船もまだ入れないから、やっていることといえば娘の朝の身支度と、お風呂上がり後の諸々と、寝かしつけくらい。

楽です。とっても。


でもやっぱり自宅に帰りたい。


夫と3人の生活に戻りたい。


だけどやっぱりお腹は張りやすいし、向こうで緊急入院や早産になったら…と思うと怖い。


娘は今地元の保育園の一時保育を利用して毎日保育園に通えています。
とても有り難いのですが、毎日預ける際に盛大に泣いているらしく、なんだか切ない。


月曜は夫の実家にちょっと用事があり車で行ったのですが、なぜか突然大泣き。

チャイルドシートに乗った状態だったからどこかに手を挟んだとかそういうのではなく、
後で聞いたらママと離れると思ったから。という理由でした。

大丈夫だよ
今日はママと一緒に帰るよ。

と言ったら落ち着いて、ニコニコ笑顔。

また置いていかれる、と察知したのだと思います。


なんだか色々と思うところ有りです。。


義実家はたまにしかお願いしないのもあり、娘の面倒をみたがってくれているのですが、夫のいない義実家に私も泊まりって正直きつい。

今週末は実母が仕事なので義実家にお願いするのですが、娘1人で行かせることになり、なんだかかわいそうな気もする…


後4ヶ月。

抱っこもできないし、娘には我慢ばかりさせてしまい心が痛い。
でも弟か妹が元気に生まれる事が1番なんだ!って割り切るしかないのかな。
白石一文さんの「私という運命について」という小説を読みました。

いつもはダラダラと時間がかかる読書もなんせ暇なもので1日で読んでしまいました。

どんな話かというとこれまたまとめるのは苦手なのでやめておきますが、
1人の女性の「運命」について書いてあります。

「運命」とは自ら選択し掴み取りにいくものなのか
「運命」とは自らの力ではどうにもできず、ただ受け入れていくしかないものなのか



小説の中で
主人公が「運命の人」を取り逃がしてしまったかもしれないというような記述があり、それに対して
対峙する登場人物が
「大丈夫、もしその人があなたにとって運命の人であるなら最後には必ず結ばれるはずだ」

とあった


随分昔に(15年くらい前)今の夫と別れた時に、そういうことを誰かに言われたのか、自分でそう思っていたのか忘れたけど、そうなんだろうな…と思っていた。


私はここ最近、
つくづく幸せだな。と思うのです。

なにが?と言われると難しいのだけど、
日々小さな不満はありますが、だけど愛する家族に恵まれて、楽しく暮らせていることささやかだけどとても幸せだと思います。

15歳で初めて今の夫に初めて出会った時、本当に「運命」を感じました。
この人を好きになるのだろうと思いました。
おそらく結婚までも感じていたような気がします。


それから歳を重ね、心が離れた時もありました。
裏切ったこともありました。
ひどく傷つけ傷ついたこともありました。
罵り合ったこともありました。
もう二度と顔も見たくないと思ったこともありました。

だけど、私の人生において夫と出会えたこと、結婚できたこと、共に子供を産み育てられていること、もしかしたらそれが最大に幸せな出来事なんじゃないかな。と思っています。


昔のように熱い思いはもう無くなりましたが、それでも家族3人で散歩をしている時、外食している時、ショッピングしている時にふと隣にいる夫をしみじみと好きだな。と思うのです。


明日結婚10年目を迎え、出会ってからは22年…
やっぱりこの人と出会えて本当に良かった。
あの時私の前に現れてくれてありがとう。と思うのです。


そういう相手に出会えたこと、その人と一緒にいられること、愛されていると思えること、幸せです。


この先出来るだけ長く夫と共に時間を過ごせたらいいな。と思っています。


2019年は私たち家族にとって転機の年になりそうですが、夫と一緒だったらなんとかなる!必ず乗り越えていけると信じています照れ



手術を終えて、翌日のお昼頃には人生初の尿管を抜きました。

抜く痛みは一瞬でしたが、その後5回くらいのお小水は痛かった。

2日後のお昼頃には点滴も外れて自由の身に!!

なんてスッキリ!

だけど、張り止めの点滴を外すと張り出す場合があるので安静に…と念を押されベッドでゴロゴロと過ごしました。

そして15時くらいにはついに娘がお見舞いに♡
入院4日目で初めてです。
ドキドキ。


会った時の娘の嬉しそうな笑顔が忘れられない照れ
とにかくベタベタして過ごしました。


私のベッドで持参したおやつを食べて、私にフリースの上着をかけてくれたり(暑くて脱いだやつ(笑))、「ママ、ちゅーしゃ泣かなかった?」と聞いてきたり、途中でお腹が張ってきて横になった私にトントンしながら「ゆりかごのうた」を完璧マスターして歌ってくれたり、たったの4日ですっかりお姉さんになったように感じました。


外れかけていたオムツはこのドタバタですっかり逆戻りしてしまったけど、こんな時だから仕方ない。
最初は諦めきれなかったけど、小さい心と体で両親と離れて頑張ってる娘に、これ以上負担かけちゃいけないな。と心を入れ替えました。


少し病室で過ごした後、娘と母が帰って行きました。
帰る時も愚図るかな?と思っていたけど、終始ご機嫌な娘は「ママ、泣かないでね!」と言って笑顔で帰っていきましたおねがい


実家と義実家は車で10分ほどの距離にあり、入院している病院はちょうど真ん中にあります。

娘は実家と義実家を2日置きくらいに行ったり来たりしていて、双方の両親にとっても休憩を挟みながら娘のお世話を出来るので、この環境は本当に良かったな。とつくづく思っています。

このまま順調に進めば火曜には退院出来そうで、退院したら何を食べようか…
やっぱりラーメンかな?
とにかく味の濃いものが食べたくて仕方ない…

無事に火曜を迎えられますように…
無事に昨日の夕方終わりました。

事前に手術体験者の方のブログを読んでいたのですが、
やっぱり病院や患者の状態にもよって違うのかな?と思いました。


まず初めての腰椎麻酔。
針が刺さって、麻酔薬が入っていく最初は全然大丈夫だったのだけど、途中から痛みというかかなり苦痛な不快感が…

それから脚が痺れて来て、わぁ!すごーい。と笑っていられる余裕あり。


が、3分も経たないうちにとんでもなく息苦しくなり苦痛に顔を歪めていました…

血圧が元々低めなんだけど、麻酔の影響で急降下したようで、点滴を追加でガツガツしてました。

それからまもなく手術が始まったけど、気分的に脚をまっすぐにして閉じた状態で寝ている感覚で、どうやって手術してるの?と思っていたけど、きちんと脚は上に上がって広がっていたそうですあせる

痛みも不快感も全くなく、なんの感覚もないまま終わりました。

その後病室に戻った後、張り止めの点滴をされて眠りにつきました。

すごくお腹が張って来たらどうしよう。と心配でしたが、ほぼ張りを感じることもなく…


予定通りの手術ができたそうで、2.4センチだった頸管の長さは4センチまでになったそうでひとまず安心。


娘はというと、楽しく通っていた保育園に突然通えなくなり、フラストレーションが溜まっているかな?とそれがすごく気掛かりでした。

入院前にバタバタと一時預かりしてくれる園を探したもののどこも年度末だし、4月の新入園児を迎える準備などで忙しく受け入れ不可ばかり。

その中で預かってくれる所が1軒見つかり、本日初登園。
慣れた様子で先生と手を繋いで入っていったようで安心しました。


ただ、この園も3月前半は既に予約がほとんど埋まっており週1で行けたり行けなかったり。
後半は毎日受け入れ可能なようですが…


それで私の母がまた何軒か問い合わせしてくれ、大学の敷地内にある保育園がもしかしたら受け入れてくれるかも?しかも毎日!となり、
週明けに見学に行くそうです。

どうにかこの園で話がまとまってくれるのを祈るのみ…