戦中派といっても戦時中に生まれて戦争の記憶がない人は
エセ戦中派だ。
終戦時に10歳を超えていなければ様々な記憶がないはず。
一日語っても語りつくせないほどの戦争の記憶がなくて何が戦中派だ。
と思う。
いきつけの居酒屋に80にならんとする御老体が一人で飲みにやってくる。
奥様が寝たっきりで看病の合間の息抜きらしい。
この前は奥様が入院されたということで一つ肩の荷がおりたようであった。
入院された事は不幸なことだが老老看護は切実である。
息抜きも必要です。
この御老体は気骨がある。
親にぞんざいな口をきいた孫を叱り飛ばしたらしい。
「やらい!」と他のお客さんヤンヤヤンヤだw
私の明治生まれの祖父母も孫である私達には甘くはなかった。
ハッキリ言って爺さんは怖かった^^;
日本人は他人に対する敬意があるというが、それはまず家庭での上下関係から
学んでいたのではないか。
もちろん長幼の序もあるが「先輩」「先達」としての敬い。
まずは言葉使い。
学校では部活動の上下関係。
別は苦ではなかった。
いつかはいなくなる存在の人達が幅を利かせてもいつかは終わることである。
少々我慢すれば必ず終る。
今ではそういったことが苦痛なのだそうだ^^;
先輩への言葉使いが最近おかしいもんなぁ。
「丁寧語」さえ使えない子供たちが多スギ。
女の子が「うめぇ~」って・・・・終わっている。
まだ「やばい」がましかなw
孫を無条件に可愛がる甘やかすのは間違っている。
特に爺さんは怖い存在でいてほしいと願う。
御老体といっても自分の父母よりは若い。
だが、昔の話を聞くのは面白い。
多分エンジニアだったのだろうと思う。
先日は木炭バスの話を聞かせてもらった。
テレビのない少年期を過ごし便利になった現在、日本人が軟弱に
思えるそうである。
いらぬ事を経験することはないが、楽な方、楽な仕事ばかりを
追い求める風潮はいかがなもんであろうか。
人間だれしも進んで苦しい選択はしたいと思わないだろうけど、
時には自分を甘やかすことから遠ざかるのも良いのかもしれない。
戦争の語り部がそろそろ日本からもいなくなる、そんな時代が来ました。
前に進んでいくように人間の目は顔の前面に配置されているのであるが、
どうも後ろばかり振り向いて何かにつけいちゃもんをつける民族もいますが
私達戦後の人達が反省すべきことなのであろうか?
昭和天皇はマッカーサーに「自分の命と引き換えに8000万国民を助けて
欲しい」と申し出たらしい。
気骨のある先達を敬い、その精神文化を少しでも継承していきたいと思う。
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