何の記事を書くにも父が絡んでしまい,

読まされる方はウンザリなのかなと思いつつ,

もう少しの間,お許し下さいね。

父が亡くなる前日の夕方,

鶴舞公園へ行きました。

夕陽が長い帯となり,

とても幻想的でした。

この日の朝,

10時前に父の入院する病棟から電話があり,

血圧などには問題はないが,

高齢なので急変する事もあるからと,

時間外の面会許可が出て病院へ駆けつけました。

血圧も心拍も問題なく,

尿は出ているので内臓も動いていて,

少し息苦しそうだけれど,

素人目には昨日までとあまり変わらない様に感じました。

この日は面会終了時刻の午後5時で病院を後にしました。

この日は金曜日で,

主治医も病室へ来てくれました。

3日前から医療用麻薬が投与されていたので,

「お話,出来ましたか」と尋ねられました。

投与初日にしか会話にならなかったけれど,

最後に「ありがとう」と言われた事をお伝えしました。

父の日は黄色いバラのイメージ,

去年が最後の父の日になりました。

父もこの主治医の事をとても信頼していました。

病気発覚後3年8ヶ月,

一度抗癌剤治療を止めたにもかかわらず,

再度治療を再開する時にも,

まるで何もなかったかの様に接して下さり,

ずっと寄り添ってくれました。

6回も入退院を繰り返しましたが,

整形外科で入院した時も,

消化器科で入院した時も,

何度も病室へ様子を見に来て下さって,

いい医師に巡り合えた父は幸せ者です。

なので,

父は主治医がお休みの土曜日や日曜日には死なないと,

能天気に思い込んでいたA。

頭がお花畑と言われる所以ですわね。

93年9ヶ月の長い人生,

お疲れ様でした。

 

バラも綺麗でしたが,

紫陽花も綺麗でした。

そしてこの日のお楽しみはハナショウブ。

それは又,今度。

 

 

明日が今日よりも幸せな一日になりますように。

Aでした。