こんにちは。

いつも訪問、ありがとうございますニコニコ

 

 

意識が変わってくると、

何かできごとが起きた時、

自分の反応、考え方、行動が変わっていきます。

 

 

先日、仕事で生徒のお母さまから運営に対してご意見をちょうだいしました。

 

 

以前の私なら、

担当マネージャーにすぐ報告し、

確認して返事をもらうのですが、

心が「ちょっと待った!!」とその行動に疑問を持ったのです。

 

 

これは、報告だけでいいのでは??と。

 

 

生徒には、「確認します」と言ったものの、

生徒側にも落ち度がある要件なので、

クレームとして扱うことではないのではないか、と判断しました。

 

 

何かと「他責」にする人。

 

 

自分の落ち度には目をそむけ、

外側に敵をつくるやり方は健全ではありません。

 

 

人のせいにして自分を正当化する人を正そうとは思いませんが、

わざわざ時間を割いて担当マネージャーと話し回答をもらう必要もないと思い、報告のみにしました。

 

 

どちらが悪いと言っているのではありません。

 

 

生徒の言い分もわかるし、

教室にはまったく落ち度がないのもわかっていて、

どちらの顔色を悪くしたくないと言って、

クレームとして回答を求めるやり方をするのは、

話をもっとややこしくしてしまうような気持ちもあり、

今のわたしにはその選択肢はありませんでした。

 

 

生徒のお母さまには、

あくまで中立の立場で、

気分を損ねないように私から愛情を持って話をすることにしました。

 

 

相手の受け取り方によっては、

納得するかはわかりませんが、

気持ちは理解してくださると信じています。

 

 

クレームを言うような方ではないので、

たまたま機嫌が悪かったのかもしれません。

いちおう教室サイドに話があるといけないと思ったので

報告だけするようにしました。

 

 

わざわざ引っ掻き回す要件でないことまで、

時間を割いてストレスを自分からつくってしまうパターンはよくあることです。

 

 

相手の気持ちに寄り添うこと。

 

 

そして、ちょっと離れた視点からものごとを俯瞰すること。

 

 

こうすると、

自分の今するべき行動がわかってきます。

 

 

ムダな動きを最大限にしないためにも。

 

 

試験当日の様子についてのご意見だったのですが、

結局無事に合格、という結果になりました。

 

 

引っ掻き回して、騒ぎ立てるような悪い評価でもない。

 

 

自分の自信のなさ、練習不足という事実を見ないことにし、

運営のせいにするかのような意見も、

ただただ、本人の内面の”できなかった”言い訳”にすぎない、ということ。

 

 

●「さとり」の本、感想記事からお勉強です下矢印

 

 

 

練習へのモチベーションを上げること、

「やれる!!」という自信をつけること。

 

 

すぐにできることではありませんが、

ピアノを練習する、ということは、

自分自身と向き合うことなんだと認識し、

たとえ教わっていても自主的に考えて行動できるよう

声をかけていきたいと思います。

 

 

引っ掻き回して、ストレスを身体に溜め込んで、

頭痛や無気力を引き起こしていた今までのわたし。

 

 

ほんのひとりのクレーム対応で、

自分のエネルギーまで奪われてしまういつものパターン。

 

 

もうこれには、ひっかかりません!!

「エゴ」の言いなりにはなりません!!

 

 

瞑想で脳をクールダウンさせる時間が増えてくると、

「ちょっと待てよ」の心の声が、

だんだんと大きくなってきます。

 

 

その声を聞き逃さない。

 

 

それは、

「わたしに寄り添う気持ち」でもあるからです。

 

 

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こういった外側のできごとへの反応で起こる身体の状態をみていくと、

身体はストレスにちゃんと対応しているんだな、とわかってきます。

 

 

身体の声、をも聞き逃さない。

 

 

いつものパターンから抜け出すと、

思いのほか、身体は軽く、

元気でやる気に満ち溢れている状態をキープできる。

 

 

「よかれ」と思ってやっていることも、

実はそうでないことがよくあります。

 

 

そのうまくいかない「よかれ」は、

世間的な「よかれ」なんだと思うのです。

 

 

自分と相手にとっての「よかれ」は、

中立の立場で、視点が広い状態でのみ

ほんとうの意味で「よかれ」なできごとになる。

 

 

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自分が気づいたからといって、

相手にそれを教えてはいけません。

 

 

相手は相手のタイミングで、

気づき変わっていくからです。

 

 

それを”愛”を持って相手に寄り添う、

ということです。

 

 

相手が気づくかどうかを

いちいち気にする必要はないのです。

 

 

相手は相手の世界の中で生きている。

 

 

合わなかったら、離れていくだけ。

ただ、それだけ・・・です。

 

 

今日も”愛”あふれる一日をお過ごしくださいませハートルンルンキラキラ