こんにちは。
いつも訪問、ありがとうございます
沈黙が怖くて、
なにか話さないと・・・と思う時、
ありますよね。
(たいがいがそうか・・・)
沈黙って、
なにもない空虚な時間・・・じゃないんです。
空虚って言葉は、薄っぺらいけど、
たぶん誰かと一緒にいる時の沈黙がこわくて、
常に何かしゃべっている人、多いですよね。
実は、沈黙ってとても大切で、
何もないのではなく、
そこに何も感じたくないと思う自分がいて、
何かを埋めようしている、ということ。
何も感じたくない、の裏側には、
相手との間に”何らかの壁”を
無意識に感じているということです。
もし、この壁を感じない存在であれば、
沈黙がふたりの間を
とてもいい空気にしてくれるわけで・・・
もう、わかりますよね・・・。
沈黙は、相手との心の距離によって、
怖くなったり、温かくなったりするのです。
つまり・・・、
『気持ち』の温度差。
それは、もっというと・・・、
自分自身との距離感です。
この人と一緒にいると、
黙っていても平気、
みたいな感覚は、
(心の距離=自分自身との距離)の
あらわれ、です。
(ほんとうの自分で生きている人でも、
人の前では自分でいられない人、多いです)
わたしはこれを音楽によく例えるのですが、
演奏会なんかで、
演奏が始まる前のあのシーンとした緊張感、
ありますよね。
あれは、演奏を始める側と聴く側の間に
一定の心の距離感があるのです。
でも、空間はひとつ。
表向きは、
これから始まる音楽へのワクワク感だったり、
演奏を始める前の気合いだったり、
うまくできるかなという不安だったり・・・。
いろんな思いが混ざった緊張感。
でも、空間はひとつ、
演奏が始まる前、ということ。
そして、演奏中の沈黙。
休符とか、曲間で雰囲気が変わる瞬間のあのちょっとした間とか。
独特の緊張感、ありますよね。
曲の途中の沈黙は、
音楽をより色濃いものにしてくれます。
ブレスもそう。
その沈黙には、何もないのではなく、
ちゃんとあるのです。
わたしはレッスンでいつも、
『休符』についてはうるさく指導しています。
小学校の低学年の子にも、
『休符』は、”休め”じゃないからね。
ここに、『気持ち』を込めて・・・。
音のない、空間も『音楽』だから。
ここもひっくるめて、
音楽はできている、と生徒にはいつもうるさいぐらい言います。
(休符ってワードが出てくると、
きっと生徒は”またかー”と思っていると思います、笑)
言葉と言葉の間の沈黙だって、
何らかの『気持ち』がある。
その気持ちを感じることができたなら、
コミュニケーションは、
会話だけでなくても
できるんですよ、ほんとうは。
(目と目だけでも・・・)
今日も”愛”あふれる一日をお過ごしくださいませ