ここ10年間ほどの傾向として、口頭メールでやり取りしている時、

 「で、写真は?」

 「早く写真見せて」

 「写真がない?じゃあ本当かどうかわからないね」

 などという言葉をよく耳にするようになりました。

 

 物事を理解するにあたって、時間的に最短で効率良く済ませたいという意図も有るのでしょうが、形として証拠が無い物事に関しては「なかった事」だと認識する傾向にあるようです。

 

 信頼関係についても同様で、役所関連の手続きでも何でもない、プライベートな二者間のやり取りについても、証拠として写真を添付するのが風習として根付きつつあるのを実感します。

 

 早く結果だけを知りたい時、冗長な文章を読む事が煩わしいのは私も同感ですが、証拠写真が添付されていないから記載内容は虚偽だと頭ごなしに決めてかかる人が増えているのを実感し、危機感を抱いています。

 

 データのみに依存し、その他の要素については全て信憑性が無いと見做して機械的に物事を判断する人が増えている気がします

 

 IPアドレスの解析に躍起になり、発信者を特定した気になって実は全くの別人だったという例も後を絶ちません。

 私自身、「文体が似ているから」「漢字変換の癖が同じ」などの理由で、身に覚えの無いサイトで誹謗中傷を繰り返している人物の濡れ衣を着せられた事も一度や二度では有りません。

 そのような人物とは関係を断ちましたが、真実を見る眼が無い人間が非常に多いのだと実感して落胆する事がしばしば有ります。

 どのようなプログラムを解析してそのような結論に至ったのか、もはや知る由もありませんが、容易に他人の申告を虚偽扱いすると、場合によっては相手に深く傷を付ける事になります。また、名誉毀損として謝罪賠償責任を負わなければならない場合も有ります。

 

 そして、「写真に写っているものが物事の全てである」錯覚してしまい、写真の外にあるものを軽視したり、物事を経験したり習得したりする事よりも写真に収める事を最優先事項としてしまう事により、飲食店にて同伴者が居るにもかかわらず、温かい料理を冷めるまで様々な角度から撮影し続けるなどの迷惑行為が見受けられます。

 

 公人が何かを対外的にアピールする為の撮影は別として、一般人が生活状況を発信し続ける文化が根付いた事により、日常生活の撮影に際して他者を巻き込む行為写真が無い場合は他人の申告を疑う行為が非常に多く見られます。

 

 自分が都合の良い待遇を受ける意図で虚偽申告をする人は論外として、証拠無き場合は他人の申告を真っ向から否定する思考に陥ると、他人を不快にさせるだけでなく自分自身の成長もそこで停止してしまう事を心に留めておきたいです。