ピアノの練習を再開して感じる事は、練習中他人と会話する事が出来ないと云う事です。

 リアルタイムで自分の音を聴きながら改善していく事も含め練習で、雑音が入ると練習の質が著しく低下するので、通話を含め他人と会話する事とピアノの練習との両立は物理的に不可能なのです。

 

 この音楽を習得する固有の特性について、美術の世界ならば、制作過程にもよりますが、ハンズフリーで通話しながら作業が可能な場合や、音楽を聴きながらデッサンをする事も可能だと思います。

 少し業界は異なりますが、美容業界のスタイリストの方々は、口を動かしながら手を動かして能力を高めていく事も可能です。

 平たく表現すれば、「音楽はおしゃべりをしながらでは習得出来ない分野」なのではないか、と云う考えてみれば至極当然の事実に直面しております。

 

 この現実から、幼少期から楽器の練習「のみ」に過度に励む事の弊害も考えられますし、集中力を高める教育になると云う考え方も有ると思います。

 

 私が子どもの頃習っていたピアノの先生は皆、潔い程発する言葉が簡潔で、「喋っている暇は有りません、早くやりましょう」が口癖の先生もいらっしゃいました。

 大人になって新たに習い始めた先生も、レッスン前にご挨拶すると、即座に「早く始めましょう。この内容がこの時間で終わりませんので…時間が勿体無いです」と仰います。

 

 学校の5教科の教師の場合、授業時間が50分と規定されていたら、雑談を交える、予めプリントを作成しておく、等の方法で以て内容を50分間にまとめる事も可能です。

 しかし、音楽の演奏実技の場合、10分間の曲を10分間未満に短縮する事は物理的に不可能な上、その間雑談する事も不可能です。

 

 声楽を除いては、演奏中「声を出す事」が原則不可能な分野で、習得に際してこのような特性を持つ分野は珍しいと思います。

 書道を習っていた頃、半紙1枚書き終えるまで一言も話してはいけないと指導された覚えが有りますが、小学生ぐらいの子どもが取り組む分野に於いて、長時間一言も発してはならない分野は滅多に無いのではないでしょうか。

 

 私自身、手を動かすより口を動かす方が断然好きで得意であり、口を動かさないと何も始まらない職種を敢えて選んだ程なので、ピアノの練習を再開し、ピアノの練習中は他の分野と同時進行出来ないと云う困難に直面しております。

 

 座学の試験勉強の場合、電車の中やベッドの中でも工夫してこなす事が可能ですし、携帯電話に夢中になる事を止められない場合、何か文字を打つ毎に暗記事項が表示されるよう予測変換機能を用いて作成し、携帯電話を操作する=実質暗記科目の勉強をしている状態を作る事も可能です。

 実際、私は大学時代、携帯電話を断つ事を諦め、フィーチャーフォンの時代に何か文字を入力しようとすると絶対に暗記事項が出現するよう設定しておりました。「おはよう」と入力しようとして「お」に辿り着くまでに幾つもの暗記項目を突破しなければならないので、自然と憶えられるシステムです。

 

 PCのキーボードを打つ際も、下半身はストレッチしていたり、音楽以外の分野であれば、他の分野との習得の両立が可能であり、その両立が成立するよう意識して日々の生活を送っておりました。

 

 しかしピアノの練習に於いては、どう考えても他の分野との両立が不可能なのです。

 更に、ピアノの練習はピアノを触らなければ成立しないと云う物理的制限が有ります。

 楽譜に印を付ける事やCDを聴く事、動画を視聴する事、書籍を読む事も練習の一環ではありますが、CDを聴いたり動画を視聴したりする間も会話(=口を動かす行為)との両立は不可能です。

 

 これ程までに「おしゃべり」を中断しなければならない分野は滅多に存在しないのではないでしょうか。

 

 五感を研ぎ澄ませなくては練習が成立しない為、世のピアノの先生方はレッスン中伝達事項を要約するのが自然と上手になっていくのか、時間に対する概念も非常にシビアで、様々な職業の方と接した結果、仕事中一番時間に正確なのが音楽関連の分野を仕事にしている方なのではないかとも思える程です。

 警察や検察等が時間に厳しいと言われますが、彼らは私から見るとピアノの先生方の足元にも及びません

 

 ピアノ関連の方々は、日本の電車の運転士やパイロットに遜色無い時間への概念を持っていらっしゃるのではないかとすら思えてきます。

 

 もしかしたら、この件が「センス」と呼ばれる類のものなのかもしれませんが、言葉を発する時には蠍の一撃の如く的を射た表現を用い、一時間以上もの間連続して五感を研ぎ澄ませる事が出来る方々…「おしゃべり」を自粛ならず自然と避ける事が出来る才能を持った方々でなければ到達出来ない領域が有るのではないかと最近思いつつあります。

 

 この事実に薄々勘付いていたので、書き言葉のメールやLINEではなく、敢えて電話を用いて体験レッスンについてお問い合わせしたのは正解でした。

 書き言葉で累計2000文字やりとりするよりも、電話で10秒間話した方が雰囲気が解り、電話で3分間話せば大抵の事は把握出来ると私は思います。

 そして、私の場合、最初の10秒間の直感は大抵当たります

 

 ピアノを習うのならばまずは「話を聴く」事から始まるので、書き言葉では無く電話で「話を聴く」方法を選ぶ選択をした私は、第一関門を突破した段階には居ると思いますが、「おしゃべりを止める」これが一番のネックになっております。

 

 

 私は、声を出して会話せずに練習した結果、休日は一日のうち言葉を発する量が99%減少したと思います。

 口数を減らすには楽器の練習が一番効果的なのかもしれません。