中秋無月、不思議な月の話 | 菊と斧

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今夜は中秋の十五夜だが、終日曇りの予報で月は見られそうにない。

 

名月が見られないのは残念だが、せっかくなので月に因んだ不思議な話をひとつ。

 

朓(ちょう)という不思議な漢字がある。

斉の時代に謝朓という繊細で清雅な詩を詠んだ詩人がいたが、その朓とは別字とされる。

朓は「みそかづき」と訓読みされるが、漢字辞典には「西の空に見える三十日月」とある。

 

三十日月とは旧暦の三十日の月で、つまり、月は太陽よりわづかに早く東の空に昇り、ほぼ肉眼では見ることができない。

当然、夕方西に移動した時点では太陽の明るさが残っていて月は全く見えるはずがない。

朓はその見えるはずのない月を表す漢字なのである。

 

この朓という漢字を初めて知った時には、古代中国で一体何が起こったのかととても不思議に思い、あれこれ想像してみた。

 

謝朓の同族で有名な詩人謝霊運の研究をされている方がヒントを与えてくれた。それは『漢書五行志』だった。

そこにはいくつか朓が現れたとする記述がある。当時の人はそれを不吉な現象と見ていたようだが、複数回の記述があるということは特別奇跡的な現象でもなかったことがわかる。

しかし、旧暦の三十日に西の空に月が見えるはずはない。

 

答えは、旧暦の三十日とされた日が、実は旧暦の二日か三日で、西の空に見えた三日月を朓と呼んだ、ということでまず間違いない。

つまり、当時の暦が不正確で、時に月の運行と暦の日付がずれることがあったということだ。

 

現在は観測が正確になって「閏秒」まで修正する時代になったが、2千年の昔にはそこまでは計算できなかったのは当然で、長年の間には多少のずれが生じるのは避けられなかったのだろう。