世界を飛び歩き、色々と感じたHiroのブログ -10ページ目

世界を飛び歩き、色々と感じたHiroのブログ

株式会社idea(イデア)代表 
日本、USA、香港で医療・介護関連をメインに仕事をしております。
海外歴20年目を迎える今年、医療派生の「睡眠=究極の美を」をテーマに
「究極の美とは何か?」従来の知見と考えを国内外の美容家さん達とのコラボで発信して参ります。

今日もお疲れさまでした。

会社の窓から、綺麗な夕焼けを見ています。

富士山も綺麗です。





Hiro.

近年、「健康」を意識する人が増え、「身体にいい食べ物・オーガニック・健康的ライフスタイル」等々、様々な言葉が飛び交うようになりました。

しかし、本来「健康」ってなんなのでしょう?

そんな素朴な疑問を抱いたことありませんか?

そこのあなた、もし疑問すら抱いたことがないとしたら、既に「健康」を考える以前の問題で、もう一度「本当の健康」を考え直した方が良いと思います。

健康を考える必要の無い方は、考え直す時間ももったいないですから、この投稿を読んでる時間すらもったいないですからスルーしてくださいね。


知ってましたか?

「健康」って言葉、すごく曖昧な言葉だということ……

・健康になりたい
・健康でいたい
・コレ食べたら健康になる
・このサプリ飲んだら健康になる
・このカウンセリング受けたら健康になれる

そんな曖昧ですごく簡単な言葉に左右され、周りが発する言葉を信じ、自分の目指す健康と、他人が思う健康が同じだとまさか、思い込んでいませんよね……

もし、あなたが周りが発する言葉を信じていたとしたら実は健康どころか、最悪に向かっている可能性もゼロではないことに気付いてください。

実は、健康の定義ってすごく曖昧なものであり、健康の認識を改めないと、本当の健康は求められないのです。

例えば、血圧がすごく高い人が血圧を下げるために薬やサプリメントを服用します。

あるサプリメントが効果大だったので、他の人に「私このサプリ飲んだら調子が良くなったの!あなたも飲んでみなさいよ~!」なんてやりとり、よく見かけますよね。

でも、実はその人が血圧の低い人だったら?

さらに血圧を下げてしまい、最悪の事態を招く可能性は大いにあります。

親しい友人がダイエットサプリでやせたから自分も!と試してみたり、芸能人がブログで紹介していたから!とついついネットで購入してしまった経験、皆さんありませんか?

他人と自分の健康の概念を一緒にしてはいけません。しっかりとした自分が目的とする健康のゴールを決めないと、誤った選択をしてしまい、むしろ害になってしまう事を自ら招いている可能性も大いにあるのです。

人それぞれ、「健康のゴール」は異なります。

「◯◯したら健康になる!っていうのは全部インチキと思って良いでしょう。何故なら健康の定義はされていないのですからね。

例えば、ある人にとっては「長寿」が健康なのかもしれません。その長寿も、「ガンにならない」「心筋梗塞にならない」「糖尿病にならない」という様々な意味合いを含んでいる「長寿」なのかもしれません。

また、若い人に多いのが、「痩せたい」と口にする人。これって健康とはかけ離れたものだということにも気付いて欲しいですね。

痩せるにも単に痩せたい❗のではなく、痩せるための仕組みを知らずして周りが発する痩せ方を行ってしまうと、大きな過ちにも繋がりかねません。本当に気を付けてくださいね。

自分の身体をどうメイキングしたいかは人によって千差万別なのです‼

この様に、周りが発する言葉には無責任にも「本当の健康」とはかけ離れた事象を含むことが多いのが事実です。

我々ideaは、こういった誤った言葉にも惑わされる事もない様に、きちんとした「あなた自身にあった健康」というものを推奨、提唱させていただいております。

また、まだまだ我々ideaだけでは不足する様々な「本当の健康」に関する情報を、有資格者達の知見と経験を元に発信する団体の一要素となり、きちんと伝えて行きたいと考えております。

株式会社idea
代表 松村弘章

http://japan-idea.info/

http://japan-idea.com/

https://ideaegoods.shopselect.net/




Hiro.
社会は、夢を持てとか、自分らしさを生かせとか、やたらとそういうことを子どもたちに強調する。道徳の授業もそうらしい。

夢に向かって努力することが生きる喜びになる、なんて書いてある。貧乏だった時代には、そんなこといわなかった。

「清貧」が、あの時代の道徳だったはずだ。
最近の道徳の教科書に、そんな言葉は見つからない。清く貧しく美しくなんてのは、もう流行らないらしい。

節約とか節制なんて言葉もあまり見かけなくなった。時代が変われば、道徳は変わるのだ。

だけど今の人類が置かれた立場を考えれば、
むしろ夢をかなえようなんてことより、清貧の方が大事なんじゃないの、と思う。

人間がじゃんじゃんエネルギーを消費して、地球の平均気温がじわじわ上がって、近頃は異常気象が当たり前になってしまった。5月に台風が来たり、気温が30度を超えたりしても、 今じゃ誰もたいして驚かない。

東日本大震災のときは、節電しないと夏を越せないとかいって、東京の夜は暗くなった。
自動販売機が電気の無駄遣いだと目の敵にされた。 昔の夜が戻ってきたみたいで、こういうのもいいなあなんて思っていたけれど、しばらくしたらまた元通りのピカピカな夜が戻ってきた。節電なんて言葉もどこかへ行ってしまったみたいだ。

だけど、地球上で起きている問題の大半は、人間があまりにもエネルギーだの資源だの食糧だのを無駄遣いしているから起きているという事実は変わらない。

中国の14億人が、アメリカ人と同じくらいエネルギーを消費するようになったら、地球は保たないなんていわれている。このままではどう考えたって文明は破綻する。

現代人は今すぐにもライフスタイルを改めなくてはいけないはずなのに、その話はいっこうに進まない。節電や節約くらいで、この問題が解決するとは思えないけれど、それでも解決に向けた最初の一歩にはなる。それは誰もがわかっているはずなのに、そういうことにはあまり真剣にならない。

節電だの節約だのは、結局のところ経済活動のマイナスになるからだ。

清く貧しく美しくを奨励されて、みんながモノを買わなくなったら、 消費が落ち込んで、経済成長率は下がって、世の中は大変なことになる。人間は、幸せになるために生まれてきた。じゃんじゃん消費して、経済成長て、
みんなで豊かになろうっていう高度経済成長期の幸福論は、バブル崩壊だの、大災害だのいろんなことがあって、いったんは否定されたはずなのだが、今も脈々と生きている。

大志を抱け、夢を持てと子どもにいうのも、そういう文脈の話だ。なにしろその夢の見本が、スティーブ・ジョブズや マイケル・ジャクソンだったりするわけだから。イチローでも、本田圭佑でもいいけれど。とにかく成功して、金持ちになって、いいクルマだの家だの自家用ジェットだの、なんでも好きなモノが買えるようになるっていうのが、 要するに普通の大人が普通の子どもに教えている平均的な大志や夢の中身だ。ミもフタもない話だけど。

石川遼が出てきたときは、子どもにゴルフを習わせる親が増えた。 今は錦織圭を目指してテニススクールに通う子どもが増えているんだろう。 夢を抱けっていうのは、前向きに生きろってことなんだろう。 夢がかなうと信じて、一所懸命に勉強したり、スポーツに打ち込めってことだ。子どもの鼻先に夢という名のニンジンをぶら下げているわけだ。

だけど、夢を持てば、誰もがスポーツ選手になったり、大金持ちになれるわけじゃない。
お笑いの世界にも、近頃は何を勘違いしたか、そういう成功を求めて飛び込んでくる奴らがたくさんいる。昔は、子どもが芸人になるなんて、親の恥だった。俺の母親は、俺が浅草のフランス座で働き出したときは、息子は留学してますなんて近所にいってたくらいだ。

今はもう、そんなことをいう親はいない。芸人になって、テレビでみんなに笑われるは、
誇るべき職業ということになったらしい。

それも、芸人が儲かるっていう話が広まったからだろう。実際に儲かっている芸人なんて、それこそ一握りでしかないのに。

夢をかなえた、ごく一握りの人にスポットライトをあてて、夢を見ろと煽る。宝くじの宣伝と同じ程度の話なのに、学校の教師までが、子どもに夢を持てなんていっている。 世の中に余裕があるから、そんなことをいっていられるのだ。

夢に向かって頑張っていた子どもが、挫折してフリーターになっても、なんとか喰っていける世の中だから、夢を追いかけろなんて無責任なことがいえる。「飢え」というものを体験した世代はもうほとんどいなくなった。
昔はそんなに甘くなかった。ちゃんとした職業に就けなければ、 路頭に迷うんじゃないかって親は心配したものだし、実際そういうことはいくらでもあった。そういう時代には、誰も夢を持てなんていわなかった。
というより、うっかり夢を語ろうものなら、親に叱られたものだ。

「医者になりたいだって? 何いってんだ。
お前はバカだし、ウチにはカネがないんだから、なれるわけないじゃないか」

「画家になりたい? バカヤロウ!
絵描きで飯が喰えるわけがねえだろ」

頭をひっぱたかれて、それで終わりだ。
夢なんて追いかけてないで、足下を見ろというわけだ。乱暴だけど、それが庶民の知恵だった。

今なら、子どもの可能性を潰す悪い親ってことになるのだろうか。もしほんとうにその子に医者や画家になる意志と能力があるなら、
そうやって頭を叩かれながらでも医者や画家になるだろう。ほんとうにやりたいことがあって頑張っている奴を否定するつもりはない。成功しようがしまいが、それがそいつのやりたいことであれば、思う存分にやればいい。だいたいそういう人間は、夢を持てなんていわれなくてもやり遂げる。夢を追いかけるといえば聞こえはいいけれど、それはつまり輝ける明日のために今日を犠牲にするということだ。

ほんとうのことをいえば、人も羨むその「輝ける明日」なんてものは、いつまで経ってもやってこないというのに。

人がほんとうに生きられるのは、今という時間しかない。その今を、10年後だか20年後だかの明日のために使ってどうしようというんだろう。昔はそういう人間を、地に足が着いていないといった。夢なんかより、今を大事に生きることを教える方が先だったのだ。

まだ遊びたい盛りの子どもを塾に通わせて、受験勉強ばかりさせるから、大学に合格したとたんに何をすればいいのかわからなくなる。

夢なんてかなえなくても、この世に生まれて、生きて、死んでいくだけで、人生は大成功だ。俺は心の底からそう思っている。

どんなに高いワインより、喉が渇いたときの一杯の冷たい水の方が旨い。
お袋が握ってくれたオニギリより旨いものはない。

贅沢と幸福は別物だ。

慎ましく生きても、人生の大切な喜びはすべて味わえる。 人生はそういう風にできている。そんなことは、誰でも知っている。
だけど、そんな大切なことも教えないで、夢を追いかけろという。頑張って勉強して、スポーツやって、起業したり、 有名人になったりしなければ、幸せになれないと脅す。そうしないと経済成長が止まって、大変なことになってしまうからだ。

だけど、大変なことになるのは、いったいどこの誰だろう。 少なくとも、清く貧しく美しく生きている奴ではない。



(北野武)

決して素顔を知られることのないアイドル、
そんな知り合いが友達にいる。

彼は生まれながら体に障害を持ち、小中学生の頃はいつもいつも不自由な身体が故にいじめにあっていた。

彼の名前は「障害君」、自分が付けたアダ名であるが彼もそのアダ名を気に入ってる。変だけど事実である。

そんな彼、再三いじめにあってきた人生を送ってきたにも関わらず、ものすごく前向きで、イキイキしていて、人生を楽しんでいる。

何故なら、自分で自分の人生目標を持ち、それに向かって全力で生きているから。

笑っているけど、笑えない

怒っているけど、怒れない

泣いているけど、泣くことができない

顔の筋肉にも障害があり、感情すら人に伝えることができないのである。

だけど障害君はアイドル。

ゆるキャラの着ぐるみを着ているが、小さな子供達には抱きつかれるほどの人気者。

子供達に微笑んであげることは一生できないが、たくさんの子供達を笑顔にしてあげている。

そんな障害君、健常者から見たら最悪だけど、俺にはものすごくカッコ良く見えている。

五体不満足だけど自分の更なる目標に向かって生きている彼、自分のライバルでもある。

共に生きよう‼

そう約束をし、動きの鈍い右手と握手をし障害君の元を後にした自分である。

動きの鈍い右手だったけど、ものすごく温かかった。




Hiro.
おはようございます。

少し西へ‼











Hiro.

2ヶ月ぶりの大阪。

この地でいよいよ新なビジネスの展開がスタートします。

今朝から終日移動移動で疲れたが、仲間達との本気モードはものすごく心地よい。























Hiro.
歴史の真実は、小説の様に簡単で美しいものではない。本当に歴史を動かしている存在は、決して表舞台には登場しないからだ。

歴史には「裏」があり、それは現代でも変わらない。

歴史を見抜く眼を養うには、現在進行形で起きている出来事に対する思考力や真実を見抜く力を身につけることだ。

ここでいう「歴史」という言葉、自分でも、回りにいる人物でもいいから、近くにいる存在の普段の行動、言動に置き換えてみてはどうだろう……

ここ最近、例えばこのFaceBookで目にする飛び交うキーワード、どれもこれも同じ様な気がしないだろうか。

個人的には、普段飛び交う似たり寄ったりのキーワードにはほぼ意味を感じないのでどうでもいい。

興味有るのは飛び交うキーワードを文字として表現させている目に見えぬ裏の存在である。


さて、今日もお疲れ様でした。





Hiro.
今日は午後から友人が住職をするお寺での火渡りを体験してきました。

年末を迎えるに当たり、全ての厄落としを行い、清め新年を迎えたいと思います。

新な事業も12月よりスタートです。

心機一転、清々しい気持ちです。











Hiro.