ここ最近で、一番嬉しかった事。
それは先月中旬、中国大連で12年ぶりに果たした再会である。
中国のとの関係を持ち始め、早くも17年目になる自分。
中国初上陸は観光での訪中・・・
当時は中国に目を向ける日本人はほとんどなく、目を向けていると
言えば大手企業の先遣隊くらいのもの。
当時を振り返ると本当に懐かしい。
現在は当たり前の様に、身の回りを取り巻く電気。
自分が初上陸した時代は、大きなホテルでさえ、
電力をジェット機のタービンをフル回転させ、電力を補っていた時代である。
昼夜問わず、タービンの音が響いていたことを思い出す。
その後、数回、中国を訪問していたが、まさか、ここまでの経済大国になろうなんて
思いもしなかったのが本音である。
そんな中、当時、働いていた会社から中国現地法人の設立任務の命を受け、
中国大連へ仕事として降りたった自分である。
その時現地スタッフとした初めて自分が採用したのが、先日再会を果たした
中国人の李師(リ・シュワイ)である。
彼には本当に助けられた。言葉の全くわからない自分を全力でサポートしてくれた、
ある意味命の恩人みたいな感じの人間である。
当時を振り返ると彼の生き様、未来を見据える心の眼差しに、自分は体に高電圧の
電気が流れる様な衝撃を受けた事を思い出す。
ある時二人きりで、彼と色々とプライベートの話をした時である。
ふと自分が彼に聞いてみた。
“李師、君の将来の夢はなに?”と・・・・・
そのとき彼は、1枚のきちんと綺麗に4つ折りにした日本の新幹線、こだまの写真を
財布の中からそっと僕に差し出したのである。
そして彼は僕にこう言った。
“松村社長、僕の夢はこの写真の列車に乗ることなんです。”
“弟と一緒に日本へ行き、これに乗るために頑張ります”と・・・・・・
その時自分の心に稲妻に打たれた様な強い衝撃が走り、思わず目に涙を
浮かべた記憶を今でもはっきりと覚えている。
それと同時に、彼達スタッフ全員を、必ず日本へ連れていける様な人間になろうと
心に強く誓った自分である。
それから3年後、自分は働いていたその会社を退職。
勿論、中国のスタッフ達にも別れを告げることもなく。
それから12年の月日が流れた今年の夏。
ふと古い、使わなくなった電話のスイッチを入れ何気なく電話帳を見ていると
12年前の李の電話番号が目に飛び込んできた。
もうこの電話番号なんて、かけても通じないだろうと思いながらも、少しの期待で
電話をかけてみた。
すると、2000Km 離れた電話の向こうには、聞きなれた、当時そのままの李の声が・・・
自分から声をかける間もなく彼の方から、松村さん、お久しぶりですと・・・
涙が止まらなかった。
元気か?と尋ねると。“もちろんです。電話いつかかかってくると思ってました”と・・・・
嬉しかった、とても嬉しかった。
そして先月の中旬、友人の社長と共に、李と大連でで再会。。。。
12年前と全く変わりのない話をする自分が居た。
彼は現在35歳、子供にも恵まれ、日本に旅行に来るまでになっている。
毎日同じ服を着て、仕事に汗を流していた当時の心のままで今も生きている。
人と人の出会いって、偶然の事かもしれないが、最近の自分は必然だと
思い始めている。ここ数年で、本当にたくさんの方々との出会いが有った。
自分から動くことによって世界が変わり、出会うべき人も増えてくる。
様々な情報が飛び交うソリッド的な世の中ではあるが、こういう時ほど、
もっともっと人間的な生き方をしたいと思う自分である。
そして、生きている自分、出会ってくれた方々への感謝。
この気持ちを胸に、これかも自分らしくあり続けたいと思う自分である。
そう思える自分に出会えたことも、最近の嬉しかった事なのかもしれない。
by hiro