またしても、ブログをさぼっちまいました。

今日は、友だちがニュージーランドに旅立って行きました。
バーで知り合った友だちなんだけど、さっき電話掛かってきたので
掛けなおしたら飛行機の中だとのこと。
離陸前とはいえ、結構電話する奴って非常識ですよね!w
そんな彼も、半年から一年くらいニュージーで過ごすとのことで
きっといい人生の経験になるのだろうな~。
と思いながら、この前一緒に飲んだ次第です。


俺も行きたい!!!
待ってろよー!
そっちで一杯飲みましょう。
ふと、最近こんなことを思う。
”心の豊かさ”と”時代”と”年齢”。
この3つって凄いリンクしている。

心の豊かさと言うのか、感性の豊かさは年齢とともに減少していく気がする。
というのか、自分が今心があまり豊かじゃない気がする。
表現がかなり難しいけど。。。


きっと、今頑張ってはいるけど、自分の目指しているところへ向かっている途中。
目標は遠いようで近い。
その目標は、目標というよりも第一ステップの目標
そして次への過程。
しかし、自分では気づいていない気がしていたが最近なぜか突き抜けてない。
突き抜け感(突き抜け感って、”やった!!!!!!!!達成できている!!!"
という感じでテンションが上がっている時のことを勝手になずけた表現)
の状態でいれていないからかも。

まず、”心の豊かさ”って何だろう?
心の豊かさって、ほんとに素直に人のことを認められて、相手のことを尊敬できることだと思う。
最近それができていない気がする。

ただ、人間というのは、経験を重ねるごとに色々なことで刺激に慣れてしまって、
感情に訴えかけることが少なくなるのではないかと思う。

少しずつ環境を変えよう。

と、考え事はさておき
本題の”心の豊かさ”と”時代”の二つで考えてみる。

心の豊かさって、モノの豊かさとは違うとよく言われるけどそうだと思う。




たとえば、最近すごく感じるのは

友だちや彼女と会いたいと思ったら携帯電話ひとつで連絡して会える。

けど、昔はどうだっただろう?
すくなくとも、中学生のころは家の電話か掛けるしかなかった。
もちろん掛けるのにもドキドキするし、きっとそのほうが楽しかっただろう。
今のそれくらいの世代の人たちも電話番号聞くのや、はじめてメールすることに
ドキドキを感じているのかもしれない。
”電話番号聞いてもいいのかな。。。"
”メールしてもいいのかな??。。。”
というドキドキ感があるのかも。

昔は、電話するのが緊張するのは当たり前。
誰が出るかわからないし、呼び出してもらわなきゃいけないし。
ってドキドキがあった!

あと、他にも待ち合わせの時間も今なんかは遅刻しても

”送れるんだったら、○○で待ってるね!”

って連絡できるけど、携帯ない時代は時間通りに行かないと
デートの待ち合わせだって、お互い連絡できないから本当に仕事で遅刻した時なんかは
待ちぼうけってこともあったんだろうね。

けどそんな時代ってお互いのことがとっても大切に思えたって思う。

簡単にあえたり連絡とれなかったりするから、
相手に対する会いたいって気持ちが強くなったりしたのではないかと思う。

”むかしは良かったなーっていい時代だったなぁ。”
って、子供のころに行っている大人の話を聞いてたけど、
いつの時代になっても、自分の一番感性の強い時代が
きっといい時代だって思ってノスタルジックになるんだろうな。

だからいまの子どもたちも、あと2,30年くらいたつと、
あの頃は良かったなって思うんだろうな。

たしかに、戦争の時代に生まれ育った人たちから見ると
平和でいい時代だとは思うけど、むかしはお金がない中で
もっと人のつながりが深くて助け合っている時代だったんじゃないかなって思う。

お隣の人とのつながりだったり、助け合いだったり。

明日からもっと、挨拶こころがけます!