大安吉日
世の中には確定要素と不確定要素があって、そんなこと誰でも知って居らっしゃると思いますが、突き詰めると面白いんですよね
客観的事実といえども、それはその人の主観というフィルターを通した事実に過ぎないし、「事象の存在の有無」……例えば太陽がある、ご飯を食べた、お風呂に入った、こういうことは疑いようのないことですけど、そこに「何故?」が付く時もありますよね?
じゃ、太陽ってどうしてあるの?
とか……
理屈や原因や法則が分かって居ても、それなのに対応することが出来ないこともあります
不治の病といえども、新種の病気や原因不明の、例えば特定疾患以外、そう、癌とか原因は分かってて、細胞分裂する際のコピーミスですけど、そしてそれが長い時間を経て癌へとなるのですが、その経過やそれによる症状やその症状がどうしてなるか分かって居ても全ての癌を完治させるには至って居ません
(主観を通した)客観的な事実でさえ、その評価は「人それぞれ」で、しかも同じ人でも時々の状況によって色々なアングルから見て異なる解釈をします
でも、人は不確定要素のままであることを「敢えて」そのままにした方が良い場合だってある一方、その不確定要素に法則性や普遍性を探したり求めたりもします
そういうことの繰り返しが、人類の、その人その人の進化と成長に繋がるんだと思うんです
何かの法則性によって自分が求めることが実現出来るなら、その努力は惜しみません
好きな人と結ばれる方法
お金持ちになる方法
健康を維持する方法
健康になる方法
病気を防いだり治したりする方法
以前、【可能性】の話をしましたが、その法則性が将来なんと呼ばれようと、それを模索し、探求する過程で自分が成長出来る……
失敗もあるでしょう
でもその試行錯誤こそが成長そのものじゃないですか?
凡そ、失敗のない成功なんてあり得ません
それは成功ではなく、なるべくしてなった必然の結果です
苦労すればする程、それによって得た知識や経験は忘れません
世の中は謎だらけで、でもその謎の数だけ可能性があって、可能性の数ほど失敗もあって、失敗の数ほど成長があると思うんです
未だ来ない……それを文字通り未来と呼びます
1秒後も未来だし、自分が死んだ後も時間という概念で言えば未来はあります
今の所、ノイマン型で人工知能のないコンピュータは、支持を与えない限り何もしません
でも、支持を与えられれば、指示通り動きます
それが間違った指示でも、「支持された通りに」動きます
「プログラムはプログラマの思った通りに動かない、書いた通りに動く」という言葉があります
人工知能がないのですから、指示に曖昧さがあってはいけません
だからプログラミング言語は(そのプログラミング言語にミスがない限り)曖昧さを許さないモノとなって居ます
でもアルゴリズム、つまり「あることをさせるのにどうプログラミングするか?」は人それぞれで、何通りでもあります
書き方ひとつでミスがないばかりか、見易く、処理速度も恐ろしく早くなります
ミスが無い様に、より人間に近い言葉で、より制御し易く、プログラミング言語は進化して居ます
間違ってたとしても、間違ったなりに動く愚直なパソコンでさえも……
いえ、だからこそ、その愚直さ故に、疲れを知らない、単純労働を苦にしないコンピュータに効率的に、ミスの無い様にどんどん進化しているし、進化させるべきなんです
人も、人によって使われるモノも……
そして根源には、「希望・願い」があります
誰も絶望する可能性を求めて居ません
結果的に絶望しても、「絶望する為に」可能性を探求する人は居ません
清々しく疾走し、力強く未来を切り拓く、可能性を探求する人生でありたいものですね!