人は、傷付くことを恐れます
でも傷付くことが一度もない人生なんてありません
悩んだり苦しんだり泣いたり怒ったり……
その「もがき」から、アナタならどうしますか?
何等かの快楽を求めたり、刹那に走ったり、自暴自棄になりますか?
快楽を得ても、実はそれは絶望しか呼び起こしません
快楽を味わった分、その後の現実の辛さを余計痛感したり、麻薬の様にその快楽を貪ったりしてどちらにせよ待っているのは絶望です
刹那に走ったり自暴自棄になったりした場合、根本的な解決になるでしょうか?
勿論、最初は自分を制御出来ないのは当たり前です
制御出来る位冷静なら殆ど傷付いたとは言えませんから……
でも最終的にどうしますか?
やっぱり快楽を取りますか?
刹那に走ったり自暴自棄になって自分で自分を陥れて自虐的に更に自分を傷付けますか?
でもそれで得られるモノは、絶望なり自虐なり、結果的に「より自分を苦しめるモノ」でしかないと思うのです
どの道を選んだ所で、いつも書いている様に心は体にいつもついて来ますから、逃げたって何したって、寝ている時以外はどうしようもないのです
逃げた場合、何の解決にもなりません
少なくとも「根本的な解決」は出来ません
そうすると、また同じ状況になった時、また同じ苦しみを味わうのです
偉そうなこと言っていますが、僕自身がそうでした
逃げたり傷心に浸って現実逃避して、目前のなすべきことをせずに後々多きな後悔をしました
今でもそれは、僕の中でコンプレックスとなっています
そして他にも現実逃避したが為に教訓を自ら作ることが出来ず、同じことを繰り返してその度に悲しくなる自分がいます
生きてれば、楽しいことも辛いことも沢山あります
楽しいことはもっとそれを楽しくと思えば良いですが、辛いことはそこから逃げると結局同じことが起きてまた苦しみます
逃げなかったら同じことが起きても平気でいられるとは言いません
でもそれを乗り切る力は最低でも持てます
何もしないで同じことが起きて二回同じ苦しみを味わいますか?
正確に言えば、同じことが起きて余計苦しんで二倍とは言えずにそれ以上の苦しみを味わうかも知れません
だけれど、逃げないできちんと対峙し、乗り越えたら、同じことが起きても既述の様に平気でいられるかは別として、きちんと納得した形で乗り越えられます
同時にそれを逃げずに経験することによって、自分の痛みをきちんと受け止められ、人の痛みや悲しみも少しでも分かってあげられる様になります
それは優しさです
優しさと強さは同じです
乗り越える強さがあって始めて優しさを手にすることが出来ます
逆にその時に流した涙を「弱さ」とは思いません
寧ろ逃げたりして、強がって変なプライドや意地を張っている方が悲しく思えてしまいます
だって、心は悲鳴を上げているんですからね
ありのままを受け入れつつ、虚勢を張らず、泣きたいなら泣いて、でもきちんと現実と向き合って乗り越えていきたいものですね
きっと、明るい未来が待っていますよ♪<自分にも言い聞かせています☆