楽になりたい……そう思ったことはありませんか?
僕はしょっちゅうです
肉体的な苦痛は不治の病や生活に支障をきたす持病とかは別、一時的な疲労はリラックスすれば取れます
でも心の重荷や苦痛からは中々解放されません
人はみな何かを背負ってて、何かの板挟みに遭います
人生は選択の連続だ……そう書いて来ました
シミュレーションしたら上手く行ったのにいざやってみると失敗する
何も自分の状況を好んで悪くしようと思っている訳では決してないのに、しかも一生懸命やっているのに、何故か選んだ道が自分を余計追い込む……
良かれと思ってやったことが人の善意を踏みにじったり、恩を仇で返してしまったりする
でも共通して言えるのは、結果としては望まない状態、もっと言えば最悪な状態を招いているにも拘らず、その元々の動機は「自分や誰かをより良くしたい」と「一生懸命」になっていることです
だからこそなんです
悪意があったり自らを堕落させようと思ってそういう選択をしたのならいざ知らず、「より良くしよう」と「選んだ道」で「一生懸命」頑張ったのに望まない・最悪な結果を招いたからこそ、物凄く辛く、
もう嫌だ……楽になりたい……
と思うのです<少なくとも僕はそうです
気持ちが強過ぎた場合、余計その結果が受け入れられず、その想いは強くなります
人には良心があります
そもそも「誰か」や「自分」を良くしたいと思うのも良心です
それに直向に頑張るのも良心です
望まない結果を引き起こした時にその良心が残っているからこそ、その呵責に苛まれ、疲れ、楽になりたいと思います
そんな良心なんて捨ててしまえ!
世の中そんな(最悪な)こと引き起こしても平気な人間がいる!
案外そういう人間が豪胆で、生き延びるし、成功する!
そう言われても、それが
慰めのタメの嘘
ならまだしも、決してそうなれないのもまた良心です
距離的にどれだけ離れ様と、心は必ず肉体に付いて来ますからこの苦しみは消えません
自ら死を選べば解放されるでしょう
でも僕はそれが出来ないし、したくない
唯一、寝ている時だけが「思考が停止」するから安心出来ます
でも目が覚めればまた辛い現実の始まりです
だけど、悪意を持って人を騙したり、良心を捨てて欲を満たすことに走るより、奇麗事だと言われるのを承知で、
それでも傷付いた方が良い
です
矛盾を孕んでいても、良心の呵責に苛まれて心が張り裂けそうになっても、それでもその自分をすぐに受け入れられなくても懸命に善処して生き続け、存在し続ける……それこそが生き様だと思うのです
傷付いたり苦しんだり泣いたり憔悴するのは、心がある……それは自分が心ある人間として生きている証拠です
無味・無機質・無感動な人間は好きではありません
悪意ある人間・騙す人間・誰かを利用する人間、そういう人間に心があるとは思えません
心は時に悲鳴を上げます
でもそれは赤ちゃんが泣くのと同じです
「赤ちゃんは泣くのが仕事」と良く言いますよね?
赤ちゃんはそれ以外表現方法がないからです
心が悲鳴を上げた時もそれと同じで、他に表現方法がないから悲鳴を上げるのです
それが「その時隠せないありのままの直感( Intuition )」なのですから……
自分にとって些細なことで泣き叫ぶ人はいないでしょう?
心が悲鳴を上げるのは、生きている証拠です
それが、その時の自分の精一杯の「自分」なのです
それで良いじゃないですか……それで……