ようやく遺書を書く。このブログ的には遺書を書くタイミングは今日以外ない。
まず最初に死ぬつもりも予定も全くありません。いつか自分が死んだらこの時自分はこう思っていたんだよってのが、自分のことを気にかけてくれる奇特な誰かがいたらその人に伝わればそれでいい。
葬式なんて本当はやらなくていいけど、もしやるなら家族だけでひっそりやってくれるだけでいい。
その際もし一つだけお願いできるとすればマッキーの「Such a Lovely Place」で送り出して欲しい。
本当にそれだけ。
自分の理想の死に方としては、「そういえばあいつ最近見ないよな。誰か近況知ってる?」ってなった時、既に死後数年経ってるような感じがいい。自分が死んだことを誰も知らなくていい。
自分のことを気にかけてくれたり、悔やんだり悲しんでくれる人がいたら「ありがとう。自分は大丈夫だよ。こんな自分のためなんかに時間を使うより、生きている人たちのために時間を使って」と声をかけたい。
かつて自分がそうだったように、当たり前のものが当たり前にあるんじゃない、会える人には会って、伝えるべきことは伝えなきゃダメなんだと自分の命を持って感じてもらえたならそれでいいかなと思ってる。自分の死を糧にしてこれからを生きて行ってほしい。各々の人生を生きて欲しい。
でも天の邪鬼な自分のことだから誰からも全く何も思われないのも傷つくんだろうけど、そうなったらそうなったで自業自得だ(笑)
とにかく言いたいのは生きてる人のために時間を使って欲しい。
そしてこんな自分のことをもし悲しんでくれる人がいたのなら本当に心からありがとうと言いたい。あとはたまーーーーーーにでいいから自分のことを思い出してくれる人がいたのなら本望。それ以上望むことはない。
SちゃんとMっつへ
2人には本当に本当に感謝している。2人がいなければ自分は高校で死んでたと思う。学校へ行かなくなり引きこもった当時の自分は、自分が嫌になり負のスパイラルのど真ん中にいた。今思えば馬鹿みたいな考えだけど、当時自分は「普通に高校に通って普通の道を普通に歩いているから認められている」と思い込んでいた。自分で選んだこととは言え引きこもりになり「普通」ではなくなったことで自分は誰にも認められず、生きる価値が無いと思い込んでいた。誰との関わりも一切持たなくなった自分を中学と同じように普通に遊びに誘ってくれたのがMっつだった。変な気を使うでもなく普通に遊んでくれたのが心より嬉しかった。帰り際にかけられた言葉に本当に心が救われた。
「○○、高校行ってないんだって? いいなぁ、俺も行きたくないよ。」
人によっては追い討ちになったのかもしれないけど、自分にとっては本当に心が救われた言葉だった。自分が悩みまくっていたことが、こんなにあっさり受け入れられ、いい意味で簡単にやり過ごされた。この言葉をきっかけに自分が勝手に背負いこんでいた肩の荷が一気に落ちた。あの時Mっつが遊びに誘ってくれなかったら自分はとっくに死んでたと思う。
それからSちゃんも交え度々遊ぶようになり、自分の引きこもりも段々解消していき、今まで生きてこれた。
2人が自分に気を遣うことなく、ありのままの自分を真正面から見てくれた事に本当に本当に感謝している。ありがとう。恥ずかしくてここまでのことは直接的には伝えてこれなかったけど、そこは許して欲しい。でも本当に2人に出会えて良かった。2人とも健康には気をつけてお元気で!
Yさんへ
不思議で素敵なご縁をありがとう。Yさんとは小学校で1回同じクラスになったというだけで遊んだこともなかったし、言葉を交わしたこともほぼ記憶にない間柄だったのに、不思議なご縁で繋がれて本当に感謝している。
Yさんといると、とても穏やかで温かい時間が流れ、自分の醜い心が洗われるようでした。人見知りな自分が不思議と何でも話せるようになり、それをYさんも受け止めてくれて本当に楽しく幸せな時間でした。本当にありがとう。
そして1つ謝らなければならないことがある。薄々感付いていただろうけど、2016年以降一度疎遠になったことがある。あれは自分の身勝手で一方的に縁を切っていた。Yさんに悪いところなんて何一つない。全て自分が悪かった。疎遠になる最後の方は自分は心ない言葉の返信しかせずにいた。本当に酷いことをしたと思っている。一方的にこんなことをしてしまって本当に申し訳ない。ごめんなさい。謝っても謝っても謝り切れない。縁切られても仕方がないことをしたと思っていた。
でもどうしてもYさんのことが忘れられず自分勝手に再び縁が繋がった。
それまで音信不通だった自分に対して思うことも多々あっただろうに、それを表に出すことなく何事も無かったかのように昔のままで優しく接してくれて本当にありがたくもあり申し訳なくもある。Yさんの優しさにいつも甘えてばかりいてごめん。謝らなければいけないことも本当はその時にちゃんと面と向かって伝えなきゃいけなかったのに、謝ることから逃げてこんな感じになってしまって本当にごめん。
でもYさんと出会えて本当に本当に良かった。Aとの3人の時間ほど幸せな時間もなかった。Aの危篤を教えてくれてありがとう。きちんと最後のお別れも出来た。危篤のAを2人で見守っている時間が本当に穏やかで優しくてとても幸せな時間だった。あまりにも幸せな時間過ぎて、Yさんと違う出会い方をして、Yさんが自分の妻だった人生も歩んでみたかったなぁとあの時隣で思ってしまったよ。ほんとバカで自分勝手でごめん。
もう自分のことなんて考えてくれなくていいので、今まで以上に幸せになってください。それだけが望み。 Yさんといる時は自分でも不思議なくらい素直に正直になれました。
今まで本当に本当にありがとう。出会いに感謝。
妻へ
このブログを読んでいると言うことは2つの意味で申し訳ないことをしたと思っている。
1つは自分のありのままの本音を読まれてしまっていること。もう1つは「貴女の死を自分が看取る」という約束を果たせなかったこと。
本当に本当に申し訳ない。
信じてもらえないかもしれないけど、貴女は最愛の人でした。浮気も不倫も全くしていません。
貴女の笑顔が本当に大好きでした。最初から遠距離恋愛だったから、空港なんかで待ち合わせをしている時、自分のことを見つけると首を傾けニコッと笑うのが本当に大好きでした。
その笑顔が大好きでいつでも笑っていて欲しいのに結婚してからはあまりそうさせてあげられなくてごめん。
結婚してからは2人でいる時間が当たり前になってしまってうまく愛情表現ができず、自分はスマホばかり見たりと悲しい思いばかりさせてごめん。
そんな気持ちを感じさせまいと一念発起するもののすぐに忘れてしまいまた貴女を傷つけるというループ。
できることからやっているつもりだけど、いつもつもりで終わってしまって貴女には迷惑ばかりかけてしまったね。ごめんね。
でも本当に本当に好きでした。
色々ワケアリだったけど、正式に彼女になった日のことを今でも忘れない。
台風で飛行機が飛ぶか心配だった7月。なんとか無事に東京に来られて帰るその日。
「俺じゃダメなのかな」と言った自分に対して彼氏とちゃんと別れてきてくれて正真正銘正式に付き合い出したあの日。
あの日の最高に嬉しかった思いは忘れていない。絶対に幸せになるんだという思いも。ただそれをうまく伝えきれず本当にごめん。
貴女は最愛の人であると同時に、親友であり、遊び仲間であり、ライバルであり、色んな面で自分の人生の支えでした。
そりゃたまには貴女のネガティブな言葉や否定から入るスタンスにこっちも参っちゃう時もあったけど、それでもやっぱり貴女だから許してしまう。
19才で出会ってからもう19年。既に半分の人生を貴女と過ごしてきました。自分が「死にたい死にたい」と言っていた時も貴女の持ち前の根性で「そんなこと言うな!」と叱って勇気づけてくれたね。
自分勝手で口だけ男でやると言ってもやらなかったりと色々ガッカリさせてばかりだったろうけど、こんな自分と結婚してくれてありがとう。こんな自分と人生を共にしてくれてありがとう。
貴女のキャラクターは最高だから、きっとこの先自分よりももっといい人が現れると思う。自分が嫉妬狂いしてしまうほどいい人を見つけて幸せになって欲しい。
貴女は自分といて幸せだったか自信がないけど、自分は本当に本当に幸せでした。本当にありがとう。そして貴女を看取る約束を果たせずにごめん。最後まで迷惑をかけてごめん。
なんかごめんの方が多くて申し訳ないけど、それ以上に本当に本当にありがとうと言いたい。
自分からの最後のお願いは、貴女が幸せになってとびっきりの笑顔で過ごすこと。貴女の笑顔は世界一だと思ってる。心から祈ってる。冥福なんて祈らなくていいからね。今まで本当に本当にありがとう。
あそだ、一応いつものセリフ言っとくね。
「ちゃんと保険に入ってるからダイジョブだよ(笑)」
きっと貴女は「そんなので私が喜ぶとでも思うか!」って泣いて怒るんだろうけどごめんね。最後の最後までバカな俺でごめん。でも泣いてくれてたらやっぱり嬉しいなぁ。
本当に本当にありがとう。バイビー!
遺書を書いていて思う。自分の周りにはいい人しかいなかったなぁ。こんな自分なのに。
本当に幸せ者であり愚か者だ。
こんな自分と出会ってくれてみんなありがとう。
後悔ばかりの人生だけど、割と楽しかった。