自分が幼少の大半を過ごしてきた
福岡市中央区の西公園の下、港町。
簀子校区。
ここは2013年度末で周辺の
大名小、舞鶴小、舞鶴中、簀子小
の4小中校統廃合計画で閉校が
決まっている。
その後、校舎は取り壊し対象と
なっているが、福岡大空襲(1945年)で
焼け残った隣りの簀子公園との
間にある赤れんが塀が周辺住民の
方々の要望により保存される見通しと
なりました。

この赤れんが塀は隣りの公園との
間に高さ約1.3、長さ約90mで
小学生の時によく乗り越えられ
そうで塀すぐに木が並んで邪魔で
越えられず何度もチャレンジしたり、
登ったりといろんな思い出が
詰まっている場所(物)です。
戦中はここから目と鼻の先にある
福岡城趾に陸軍の兵舍があったため、
福岡大空襲で米軍の標的になり
この簀子校区も周辺住民176人が
死亡。
赤れんが塀そばで遺体が火葬された
らしい。
公園側には戦災死者供養塔が立っている。
地元の方々から統廃合計画が
持ち上がった時に塀を残して
欲しいとの声を受けて校区自治会
会長が統廃合に関する協議の場で
たびたび市教委に要望。
住民の意見を尊重するとして
保存を前提として跡地活用法を
検討することになった。
簀子小は今年創立100周年記念事業も
開く計画もあるそうで楽しみです。
しかしこの新聞の記事で知った
事。
写真を見て、記事で自治会会長の
名前を見て、
「これ、叔父さんじゃん!」
叔父、自治会の会長だったんかい!
福岡市中央区の西公園の下、港町。
簀子校区。
ここは2013年度末で周辺の
大名小、舞鶴小、舞鶴中、簀子小
の4小中校統廃合計画で閉校が
決まっている。
その後、校舎は取り壊し対象と
なっているが、福岡大空襲(1945年)で
焼け残った隣りの簀子公園との
間にある赤れんが塀が周辺住民の
方々の要望により保存される見通しと
なりました。

この赤れんが塀は隣りの公園との
間に高さ約1.3、長さ約90mで
小学生の時によく乗り越えられ
そうで塀すぐに木が並んで邪魔で
越えられず何度もチャレンジしたり、
登ったりといろんな思い出が
詰まっている場所(物)です。
戦中はここから目と鼻の先にある
福岡城趾に陸軍の兵舍があったため、
福岡大空襲で米軍の標的になり
この簀子校区も周辺住民176人が
死亡。
赤れんが塀そばで遺体が火葬された
らしい。
公園側には戦災死者供養塔が立っている。
地元の方々から統廃合計画が
持ち上がった時に塀を残して
欲しいとの声を受けて校区自治会
会長が統廃合に関する協議の場で
たびたび市教委に要望。
住民の意見を尊重するとして
保存を前提として跡地活用法を
検討することになった。
簀子小は今年創立100周年記念事業も
開く計画もあるそうで楽しみです。
しかしこの新聞の記事で知った
事。
写真を見て、記事で自治会会長の
名前を見て、
「これ、叔父さんじゃん!」
叔父、自治会の会長だったんかい!