
先程仕事後に行ってまいりました、十日恵比須。
福岡市東区吉塚の東公園内にある恵比須神社。ここは七福神の中の恵比寿さんを祭っている神社です。日頃は訪れる人もまばらで閑散としている神社ですが正月の十日前後の大祭「十日えびす」の日ばかりは多くの参拝者が訪れ、露店も約300店ばかり出店します。「十日えびす」は1月8日の初えびすに始まり、宵えびす、本えびす、残りえびすと4日間11日まであり、この期間の参拝者は百万人と言われています。「福岡懸神社誌」(昭和19年刊)によると「香椎宮社家の武内平十郎(後隠居して五右衛門と称す)が博多に分家し、神屋と号して商売を営みました。此の者天正十九年(一五九一年)正月三日、年始に当り香椎なる父の家に至り、香椎宮、筥崎宮への参詣の帰途、浜辺潮先に於て、恵比須大神の尊像を拾い上げたる地に御社を建て氏の神と家運大いに栄えたと云う」とあります。また、「明治参拾参年旧正月記録ヨリ写取者也」と添え書きのある武内文書「十日恵比須神社記録写」には「香椎から箱崎に参拝途中の潮先で、恵比須二対を拾い上げて、持ち帰って奉祝した」「毎年正月十日恵比須ととなえて、自身でお供えして拾い上げたところで御神酒をささげた。これが知られて次第に参拝する人が多くなって繁盛した」という意味のことが書かれています。
(説明抜粋)
福岡の商売人は十日恵比須でしょ?
そんな訳で日付が変わりまして10日午前1時過ぎ。
とにかく人が多いです。
お詣りするのに500人位並んでおり辿り着くのに30分。
えびす銭を買うのに10分。
古来家屋の新築にあたり棟上の日に金銀の箔を押した銭、又は新鋳の銭を撒ずる式があり、これを上棟銭と云いました。江戸時代には将軍の若君等の誕生、元服などの時祝儀の為に鋳造した黄金の銭(父銭・ふせん)銀の銭(母銭・ぼせん)等があり、これが神社、仏閣にも福種銭(ふくたねせん)として盛んに用いられるようになりました。ところがこの銭を授かった人は不思議と開運に恵まれた事に依って何時となく縁起の良い銭(種銭)と称える様になりました。当神社では古くからこの種銭を恵比須神社から貸出すので「えびす銭」と称し、商いの元金(種銭)として神社より縁起の良いお金を借り、これを商売の元手にしました。翌年は神明の御加護に依り繁昌したお礼として借りたお金を倍にして神社にお返しして、又新しい年の繁昌の為に新しく借りて行く風習があり現在も尚続いて居ます。十日恵比須神社では古くからのしきたりに依り昔の通貨1文銭(これは他にはその例がありません)を授与して居ますが、宝が満つる様に財布の御守として参詣者大勢の方々がお受けになって居ます。(説明抜粋)
御札を買うのにさらに10分。
とにかく人、人、人。
ホントに午前2時前?
と、混み混みでしたが、しっかり商売繁盛のお願いをしてまいりました。
さぁ、これから一年間頑張ろう!