もう14年も経つのか。
と、つくづく思う。




大震災の起こるほぼ1年前、三宮に友達がいたので遊びに行ってたのだがどちらかというと丘側の夙川でちょうど海方面を見ると街も含めて素晴らし景色だったのを覚えている。

そして震災が起こった日は自分もたまたま朝の5時位から起きてたのでテレビを観てると5時半過ぎに地震のニュースがあり慌てて夙川の友達に電話をして全く繋がらなかったのも覚えている。


テレビの画面から流れてくる映像がよが明けてくるにつれてまるで戦争でもあったかの如く悲惨な状態だということを認識しだして一瞬パニックになり何度も電話をかけた。

後に友達とは連絡が取れて無事は確認出来たのだけれども話を訊くと彼のアパートに泊まった時の記憶があったので話とともに照らし合わせながら訊いていたらちょうどアパートの一階の角部屋で凄い揺れと凄い音がなったかと思いきや一瞬にして二階部分が落ちてきて一階部分が潰れたらしく自力でその中から抜け出しアパートの他の部屋に住んでる人達をみんなで助け出したらしい。

アパートには亡くなった人は偶然にもいなかったらしいが通りに出て街の変わりように愕然としたらしい。

詳しく復興までの話を聞いたのだが自分も夙川に行ってたのが一年後でなくて良かったと思った。

14年経って街はきれいに生まれ変わったのかもしれないが関西の方々はあの恐怖はずっと残って忘れる事が出来ないと思う。
被災でお亡くなりになられた多くの方々にお祈り申し上げたい。

規模は違うが同じ被災地の者として。

福岡に住んでいる自分も西方沖地震の記憶がまだ残っている。

災害は忘れた頃にやってくるから常に考えておかないと。