先週の日曜日の午前中に中野区にある「宝仙寺」というお寺を訪ねました。
というのも、このお寺は源義家公ゆかりのお寺でありました。
源義家公は京都の石清水八幡神社で元服をしておられて通称「八幡太郎義家」と名乗っていました。
義家公の所以の神社は東京都内でも早稲田の穴八幡宮などが有名ですがお寺まであるとは正直言って驚きでした。当時は武士といえど戦が多く負け=死でしたので神社の神様だけでなくお寺の仏様にも戦勝祈願をしていたのですね・・・。
そして、義家公が祈願した仏様は「不動明王」でした。
以下、お寺の歴史です・・・
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寛治年間(1087年)、源義家(八幡太郎義家)によって現在の杉並区の阿佐ヶ谷にて開かれた。ご本尊は、源義家が後三年の役の際に護持していた不動明王像で、良弁作と伝えられている。
また宝仙寺は、同じ杉並区の大宮八幡宮の別当寺であった。
(ご本尊は鎌倉時代には秘仏になった。)
室町時代(1429年)になり、現在の位置(中野区)に移転した。
江戸時代には優れた僧を出し、歴代の将軍から厚い保護を受け発展していった。
また、当寺院の僧侶が将軍の御前論議に参加することもあった。
また将軍家が鷹狩りに出た際の休憩所としても利用されていた。
明治期以降、境内には中野町(現在の中野区)の役場が置かれていたこともあった。戦災で被害を被ったものの、戦後再建され、三重塔や本堂を見ることができる。
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青梅街道沿いのお寺の看板です。
地図ではここら辺・・・
山門のあたりです。
金剛力士像がお出向かい・・・睨まれてる???
お寺の境内の中に役場があったとは・・・。
この鐘つき堂は平成28年にできたばかりのものです。
境内は本当に広い・・・。三重塔の左側はお墓の区域になっています。
三重塔も綺麗で荘厳な感じです・・・。
本堂も大きいです。この中に御本尊の不動明王がいらっしゃいます・・・。(;^_^A
本堂の前にてナムナム・・・。で、ようやく覚えた不動明王のご真言を唱えました。
特に大宮八幡宮から始まり、鷺宮八幡神社、穴八幡宮と義家公とのご縁よりこの宝仙寺にたどり着けたことを感謝しつつ・・・
本堂を離れようとした時にこんなものを発見・・・
ご縁をいただけますとのことで、当然に両手で縄を把み真言を唱えること3回・・・。
何か起きることもなく・・・これでご縁がもらえたらいいなぁって・・・。真言は深川不動堂でいただけましたので。
真言はなかなか暗記するのが難しく、深川不動堂に何度も足を運んだり、他のお不動様のお寺に伺っているうちに自然と覚えることができました。
ここは神社でいうと社務所で御朱印はここでいただけるようです。
本堂前には空海さんのご像がありました。真言宗のお寺ではお約束ですな・・・。(;^_^A
実は、ここ宝仙寺には相当前に来たことがあって、こんなところにお寺があるんだーって入ったことがありました。その時は寺社仏閣巡りなどしておらず境内を散歩した程度でした・・・。
思い起こせば、去年の桜の花が終わって花の撮影でフラフラと入っていったのが大宮八幡宮でした。そして、そこは源氏色の強い神社でした。
そして、この宝仙寺の別当寺だったとは知らなかったので更に驚き・・・。
そして、この宝仙寺は地元の阿佐ヶ谷にあったこと、移転した跡地に世尊院が建てられたこと・・・。(下記の地図参照・・・)
大宮八幡宮から色々な神社のご縁が広がり、去年の暮れには早稲田の穴八幡宮、お隣の放生寺(ここも空海さん繋がり)から深川不動堂と繋がっていきました・・・。
正直言ってお寺ってあまり好きじゃなかった。だって、葬式ビジネスを展開しているお寺がほとんどで馬鹿高い戒名を提示され驚くことが多く、むしろお寺は避けていました。
でも、中には生きた人間の道を説くお寺があると知り、そういうお寺を中心に神社共々伺ってみようかと思い始めたのが今年の正月あたり・・・。
まだまだ寺社仏閣巡りは続きます・・・。各不動尊をめぐることもあるでしょう。
そして、春になれば寺社仏閣とお花が写真のテーマの中心になると思います。
これからどんなご縁があるかはわかりませんが、綺麗なお花との出会いもあるといいなぁ・・・。
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