すいません、遅くなりました。
東北ほどではありませんが、我が茨城県も多大なる未曾有の災害が起きました。

布団で寝ようとしていたら、最初は小さな横揺れで、[すぐに収まる]と油断していました。
すると、
段々横揺れが強くなり、机の下に隠れました。

その瞬間、[ドッカン!]という下から突き上げる振動と共に、激しい縦揺れになりました。とっさに、窓を開け、家に居た姉に、[出口確保!]と叫び、再び机の下に隠れました。

食器は割れ、停電、ガスが止まり、断水しました。


食器が散乱、目の前に、教科書、椅子が倒れてきて、[死ぬ]と思いました。

3分以上の揺れが収まり、外に出ると……

近所の屋根瓦が落ちて割れて散乱していて、近所の人に呼ばれて避難した駐車場にも地割れ…

強い余震がたくさん襲い、おさまって、荷物を取りに行ったら、今度は茨城県沖のマグニチュード7.4の大地震が襲いました。

再び激しい縦揺れとともに飛び交う悲鳴。再び[死]の文字が頭を過ぎりました。

収まって、荷物をまとめ、駐車場に行くと、近所の人と抱き合いました。皆の安否が確認できました。

一回目の巨大地震は、我が高萩市[震度6弱]マグニチュードに加算すると、7.5以上の揺れが襲ってきた事になります。

二回目の巨大地震は、[震度5弱]マグニチュード7.4

直ぐさま大津波警報

最初は、茨城沿岸[4m] しかし、二回目の巨大地震の影響か、10mに修正

沿岸地域は壊滅だったようです。


震度4以上の余震にも耐え、近所の人の暖かい差し入れや、気遣い…感謝

身内とも連絡がとれ、一日目夜を迎えました。
十回以上の緊急地震速報、不安で2時間も寝てません。


二日目は、近所の瓦礫の片付け手伝い、幸い、自宅の損害はコップ三つでした。

ズレた屋根も直してもらいました。

二日目の夜、近所にラーメン屋台が来ました。

近所の方がおごってくれました。

僕は泣いてしまいました。

二日目はぐっすり眠りました

三日目、四日目、瓦礫片付け手伝いでした。

そして今日、放射能の影響で、なにもできませんでした
悔しいです
同じ被災者なのに、東北の方々を助けられないなんて…