白ごはんが大好きだった。
子供の頃、どんぶり茶碗に米をありったけ押し付けて、二度ほどおかわりしていた。
それでも足りなかった。まだまだ食べたかった。「いい加減にしなさい」と母親に叱られるまで、ぼくの手は止まらなかった。
だが、いつからだろうか、お米が嫌いになったのは。食べるたびに罪悪感を感じ、一口だけ残すのが、習慣になっていった。
たぶんであるが、炭水化物という言葉が、彗星のごとく現れ始めたあたりだろうと思う。
瞬く間に、体重を気にする人たちの概念に闖入し、炭水化物は太る食べ物だ、と邪悪な言葉で洗脳していった。
あんなに大好きだったのに。一口食べるたびに、日和ってしまう。どこで得た知識かわからないが、血糖値がなんちゃかんちゃらと、脳裏に浮かぶのだ。
子供の頃大好きだったのに、嫌いになったものは、それだけでない。
カブトムシを夢中で追いかけていたけど、もはや触ることもできない。婆ちゃんの味噌汁もゴクゴク飲んでいたけど、いつしか飲んだふりをするようになっていった。L’Arc~en~Cielも好きだった女の子がよく聴いていたから、なんとなく好きになったけど、振られた瞬間に、鼓膜がビートを刻まなくなった。そういうもんだ。
アメリカンドリームを感じて憧れていたこともあったし、政治に期待していた時期もあったし、世界には真実があるものだと思っていた。トランプ、SEALs、ポストトゥルース、ウンタラカンタラ。すべては、炭水化物である。誰かが教えてくれた、それは血糖値をあげてしまうなんちゃかんちゃらだと。
今日も白ごはんを食べずに、パスタを食べた。味のないペペロンチーノ。ああ、ぼくもどうやら村上春樹のようになってしまったのかもしれない。