どんな めすねこも ねこの およめさん�に なりたがりました。
 
大きなさかな魚座を プレゼントする ねこも いました。
 
上等のねずみ�を さしだす ねこも いました。
 
めずらしい またたび�を おみやげにする ねこも いました。
 
りっぱな とらもようを なめてくれる ねこも いました。
 
ねこは いいました。
 
「おれは 100万回も しんだんだぜ。いまさら おっかしくて!」
 
ねこは だれよりも 自分が すきだったのです。
 
たった 1ぴき ねこに 見むきも しない
白い うつくしいキラキラ ねこが いました。
 
ねこは 白いねこの そばに いって
「おれは 100万回も しんだんだぜ!」 と いいました。
 
白いねこは
 
「そう。」
 
と いったきりでした。
 
ねこは すこし はらをたてました。
 
なにしろ 自分が だいすきでしたからね。
 
 
つぎの日も つぎの日も ねこは 白いねこの ところへいって いいました。
 
「きみは まだ 1回も 生きおわって いないんだろ。」
 
白いねこは
 
「そう。」
 
と いったきりでした。
 
ある日 ねこは 白いねこの前で 
くるくると 3回 ちゅうがえりをしてリサイクル いいました。
 
「おれ サーカスの ねこだったことも あるんだぜ。」
 
白いねこは
 
「そう。」
 
と いったきりでした。
 
「おれは100万回も・・・・・・。」
 
と いいかけて ねこは
「そばに いても いいかい。」
 
と 白いねこに たずねました。
 
白いねこは
 
「ええ。」
 
と いいました。
 
 
ねこは 白いねこの そばに いつまでも いました。
 
 
 
 
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『奥の細道』松尾芭蕉
 
 
月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ、馬の口とらえて老をむかふる物は、日々旅にして旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて、取もの手につかず。もゝ引の破をつゞり、笠の緒付かえて、三里に灸すゆるより、松島の月先心にかゝりて、住る方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、
草の戸も住替る代ぞひなの家
面八句を庵の柱に懸置。
 
 
 
月日は百代という長い時間を旅していく旅人のようなものであり、その過ぎ去って行く一年一年もまた旅人なのだ。
船頭のように舟の上に生涯を浮かべ、馬子のように馬の轡(くつわ)を引いて老いていく者は日々旅の中にいるのであり、旅を住まいとするのだ。
西行、能因など、昔も旅の途上で亡くなった人は多い。
私もいくつの頃だったか、吹き流れていくちぎれ雲に誘われ漂泊の旅への思いを止めることができず、海ぎわの地をさすらい、去年の秋は川のほとりのあばら家に戻りその蜘蛛の古巣をはらい一旦落ち着いていたのだが、しだいに年も暮れ春になり、霞のかかった空をながめていると、ふと【白河の関】を越してみたくなり、わけもなく人
をそわそわさせるという【そぞろ神】に憑かれたように心がさわぎ、【道祖神】の手招きにあって何も手につかない有様となり、股引の破れを繕い、笠の緒をつけかえ、三里のつぼに灸をすえるそばから、松島の月がまず心にかかり、住み馴れた深川の庵は人に譲り、旅立ちまでは門人【杉風(さんぷう)】の別宅に移り、
草の戸も住み代わる世ぞ 雛の家
 
(意味)戸口が草で覆われたこのみすぼらしい深川の宿も、私にかわって新しい住人が住み、綺麗な雛人形が飾られるようなはなやかな家になるのだろう。
と発句を詠み、面八句を庵の柱に書き残すのだった。
 
足三里穴(「あしのさんりけつ」または「あしさんりけつ」)は、足の陽明胃経に属す45の経穴(つぼ)の一つである。本来は「三里」といい、一般にもそう呼ばれているが、手の陽明大腸経に同名の経穴があるため、それと区別するために「足三里」と呼ばれている
 
古くから経穴の代名詞として、文学・落語・歌舞伎などにもよく登場している。松尾芭蕉の「おくのほそ道」は、中学の国語の教科書にもしばしば取り上げられている。三里に灸のあとがない者とは旅をするなともいわれていた。
 
 
懐かしいでしょ~
 
暗記したはずなのに…
 
私の記憶どこにいったんだー(」゜□゜)」
 
 
あるとき ねこは ひとりぼっちの おばあさんの ねこでした。
 
ねこは おばあさんなんか だいきらいでした。
 
おばあさんは 毎日 ねこをだいて 小さなまどから 外を 見ていました。
 
ねこは 一日じゅう おばあさんの ひざの上で ねむっていました。
 
やがて ねこは 年をとって しにました。
 
よぼよぼの おばあさんは よぼよぼの しんだねこを だいて
一日じゅう なきました。
 
おばあさんは にわの 木の下に ねこを うめました。
 
 
 
あるとき ねこは 小さな 女の子の ねこでした。
 
ねこは 子どもなんか だいきらいでした。
 
女の子は ねこを おんぶしたり しっかり だいて ねたりしました。
 
ないたときは ねこの せなかで なみだを ふきました。
 
ある日 ねこは 女の子の せなかで おぶいひもが
首に まきついて しんでしまいました。
 
ぐらぐらの頭に なってしまった ねこを だいて
女の子は 一日じゅう なきました。 
 
そして ねこを
にわの 木の下に うめました。
 
 
ねこは しぬのなんか へいきだったのです。
 
 
あるとき ねこは だれの ねこでも ありませんでした。
のらねこだったのです。
ねこは はじめて 自分の ねこに なりました。
ねこは 自分が だいすきでした。
なにしろ りっぱな とらねこだったので りっぱな のらねこに なりました。