親友Tはフードファイターのような驚くべき食欲をみせることがある。
それはまるでビデオゲームの名作「パックマン」のような食欲だ。
一番最初は高1の正月明けの出来事だ。
年末になると顧問の先生が柔道場に大きな鏡餅を飾る。
年が明けて、稽古始の日には、顧問直々に大きな鍋で「ぜんざい」を作る。
餅は一度、こんがり焼くのだが、カビも薬になるとのことで、すごい火力で焦がすといったほうが正しいかもしれない。
見栄えのいいところを職員室に配り、その後、道場で先輩から順に食べていく。
先輩の間で「ぜんざい」の評判は好ましくない。
「去年のぜんざいはママレモンの味がした」とか、
「おととしはクレンザーの味しかしなかった」と、
先輩たちがほとんど口にしないので、1年生だけできれいさっぱり食べきるという伝統があった。
残すとか捨てるなんてもってのほか。
1年坊主たち、新年はじまって一発目の修羅場である。
ところがこの年の1年生は、先輩の前ではいい顔するくせに、心根はクソだった。
先輩が帰ってしまうと、案の定、ほとんどの1年生が逃げるように帰ってしまった。
残されたのが僕と親友Tである。
僕も甘いものは苦手である。
甘いものを食べると胸やけがして、ひどいときには頭痛がする。
食堂から借りてきたドラム缶のような鍋には、餅こそ減ったものの、まだガロン単位のぜんざい汁が残されており、僕は途方に暮れた。
「どうする・・・?」
情けない声でTに相談すると、Tは平然とした顔で、
「オレ、甘党やから平気やで」
と答えた。
甘党も何も、約20人分くらい残っている分量が問題なのであって、彼の食の好みを訊いているわけではない。
何を余裕ぶっこいて笑っていられるのだ。
「そやけど、この量やぞ?」
「うん、いけると思うで」
この日、Tのことをはじめて頼もしいと思った。
僕が見ている前で、ぜんざいが彼の口に飲まれていった。
ノドを鳴らしてゴクゴク飲むというイメージからもっとも遠い存在の飲み物、それはぜんざい。
もしこれを録画して逆再生したら、シンガポール川河口附近で観光客と記念写真に写るマーライオンである。
二度目は僕の行きつけの喫茶店「倫敦」でのこと。
「倫敦」は高校時代の僕の心のオアシスだった。
ママはいつも僕の味方。おかげで悠々と喫煙もできたし、コーヒーを注文すると、僕たちにだけお菓子が出た(たぶん、ザラメの砂糖をボリボリ食べられるのを阻止するためだったと思う)。
ときには単身授業を抜け出して「倫敦」で読書にふけったり、モカやブルマン、キリマンジャロとコーヒーの飲み比べをしては時間を過ごした。
高校3年間、僕はコーヒー一杯で、かなりの時間を「倫敦」で過ごした。
終業式のあと、工事か何かで道場を追い出された僕は、後輩5人とTを連れて「倫敦」にやってきた。
まだぎりぎりモーニングに間に合うからだ。
「倫敦」のモーニングセットは、300円でコーヒーとトースト、サラダ、ゆで卵がつく。
いつもお腹を空かせている高校生にはうれしいメニューだ。
ところが僕はちょうどその頃、バンドメンバーの不倫相手が差し入れとしてスタジオに持ってくる、新聞紙に包まれた「ゆで卵恐怖症」だった。
固ゆで卵の黄身は、口の中でコペコペになって、容赦なく水分を奪うため、ボーカリストには最悪の差し入れだ。
僕はタマゴなんか、見たくなかった。
「お前ら、ゆで卵は固ゆでと半熟とどっちがいい?」
なにげに後輩たちにリサーチをしたら、僕を含め6対1で半熟派が勝った。
しかしこの民主主義の結果に従わない不心得者がひとりいた。
我らがTである。
「みんな何もわかっちゃいない。
オレは断然、固ゆで派やけどなぁ」と、
Tは遠くを見つめるような目をして、ゆで卵の魅力について熱く語りだした。
オマエは板東か!
「固ゆで卵やったら、何個でも食える」と言い張る姿にムカついて、 「じゃあ7個食ってみろ」と、
僕の分と後輩たちの分、そしてT本人の分、合計7個のゆで卵をTの前に並べた。
どうだ、さすがにぐうの音も出まい。
ところが僕と後輩たちが見ている前で、水も飲まずに、ゆで卵が次々と彼の口に飲まれていった。
もしこれを録画して逆再生したら、満月の屋久島に現れる海亀の産卵シーンである。
つづく
それはまるでビデオゲームの名作「パックマン」のような食欲だ。
一番最初は高1の正月明けの出来事だ。
年末になると顧問の先生が柔道場に大きな鏡餅を飾る。
年が明けて、稽古始の日には、顧問直々に大きな鍋で「ぜんざい」を作る。
餅は一度、こんがり焼くのだが、カビも薬になるとのことで、すごい火力で焦がすといったほうが正しいかもしれない。
見栄えのいいところを職員室に配り、その後、道場で先輩から順に食べていく。
先輩の間で「ぜんざい」の評判は好ましくない。
「去年のぜんざいはママレモンの味がした」とか、
「おととしはクレンザーの味しかしなかった」と、
先輩たちがほとんど口にしないので、1年生だけできれいさっぱり食べきるという伝統があった。
残すとか捨てるなんてもってのほか。
1年坊主たち、新年はじまって一発目の修羅場である。
ところがこの年の1年生は、先輩の前ではいい顔するくせに、心根はクソだった。
先輩が帰ってしまうと、案の定、ほとんどの1年生が逃げるように帰ってしまった。
残されたのが僕と親友Tである。
僕も甘いものは苦手である。
甘いものを食べると胸やけがして、ひどいときには頭痛がする。
食堂から借りてきたドラム缶のような鍋には、餅こそ減ったものの、まだガロン単位のぜんざい汁が残されており、僕は途方に暮れた。
「どうする・・・?」
情けない声でTに相談すると、Tは平然とした顔で、
「オレ、甘党やから平気やで」
と答えた。
甘党も何も、約20人分くらい残っている分量が問題なのであって、彼の食の好みを訊いているわけではない。
何を余裕ぶっこいて笑っていられるのだ。
「そやけど、この量やぞ?」
「うん、いけると思うで」
この日、Tのことをはじめて頼もしいと思った。
僕が見ている前で、ぜんざいが彼の口に飲まれていった。
ノドを鳴らしてゴクゴク飲むというイメージからもっとも遠い存在の飲み物、それはぜんざい。
もしこれを録画して逆再生したら、シンガポール川河口附近で観光客と記念写真に写るマーライオンである。
二度目は僕の行きつけの喫茶店「倫敦」でのこと。
「倫敦」は高校時代の僕の心のオアシスだった。
ママはいつも僕の味方。おかげで悠々と喫煙もできたし、コーヒーを注文すると、僕たちにだけお菓子が出た(たぶん、ザラメの砂糖をボリボリ食べられるのを阻止するためだったと思う)。
ときには単身授業を抜け出して「倫敦」で読書にふけったり、モカやブルマン、キリマンジャロとコーヒーの飲み比べをしては時間を過ごした。
高校3年間、僕はコーヒー一杯で、かなりの時間を「倫敦」で過ごした。
終業式のあと、工事か何かで道場を追い出された僕は、後輩5人とTを連れて「倫敦」にやってきた。
まだぎりぎりモーニングに間に合うからだ。
「倫敦」のモーニングセットは、300円でコーヒーとトースト、サラダ、ゆで卵がつく。
いつもお腹を空かせている高校生にはうれしいメニューだ。
ところが僕はちょうどその頃、バンドメンバーの不倫相手が差し入れとしてスタジオに持ってくる、新聞紙に包まれた「ゆで卵恐怖症」だった。
固ゆで卵の黄身は、口の中でコペコペになって、容赦なく水分を奪うため、ボーカリストには最悪の差し入れだ。
僕はタマゴなんか、見たくなかった。
「お前ら、ゆで卵は固ゆでと半熟とどっちがいい?」
なにげに後輩たちにリサーチをしたら、僕を含め6対1で半熟派が勝った。
しかしこの民主主義の結果に従わない不心得者がひとりいた。
我らがTである。
「みんな何もわかっちゃいない。
オレは断然、固ゆで派やけどなぁ」と、
Tは遠くを見つめるような目をして、ゆで卵の魅力について熱く語りだした。
オマエは板東か!
「固ゆで卵やったら、何個でも食える」と言い張る姿にムカついて、 「じゃあ7個食ってみろ」と、
僕の分と後輩たちの分、そしてT本人の分、合計7個のゆで卵をTの前に並べた。
どうだ、さすがにぐうの音も出まい。
ところが僕と後輩たちが見ている前で、水も飲まずに、ゆで卵が次々と彼の口に飲まれていった。
もしこれを録画して逆再生したら、満月の屋久島に現れる海亀の産卵シーンである。
つづく