チェルシーあげられたい・・・ | タンポポの種

タンポポの種

今就活を通してどのような道筋で産業カウンセラーのなるかを様々な視点から考えたことを書いてます。


ん?

んん??

ってなるよねー
このタイトル
あげたいの?いやあげられることをしたいんだから
そもそもあげられるって何?
あげるの受け身だから
もらうをっていう行為を第3者から見た行為?
それがしたいんだから…

あーーん
わっけわかんねぇw
ってことで
今回のテーマは
言語って難しいよね、てかありすぎじゃね?多くね?多いからいろいろなんやかんやなんだよ
ですw

要は言葉多すぎて必要ないものまであるから
いろんな問題が起きるんじゃないか
ある程度の言葉があれば生きていけるんだ
っていうことが言いたいんです、私は
詐欺なんてその典型的な問題でしょ
言葉巧みに、の通り
恋愛でだって仕事でだって
あーだこーだいろんな言葉が飛び交っておりますよ
飾らないで、ストレートに伝わる言葉だけで良いと思う
日米友好通修条約だっけ?なんだっけってなるような
めんどくさいごちゃごちゃはいらんよ
いらない言葉があるから傷ついたりもする
多すぎるから乱用するし意味もよくわからない
なんてことがある
理解しようと思っても
してもらおうと思っても
もはやその人なりの言葉の意味ができちゃっているから
必ずどっかで食い違う
みんながみんな
カウンセラーのように聴けるわけじゃないから
そもそも言語の初めなんて
必要最低限しかなかったはず
狩りに必要な目印だったかもしれないし
時間と言う概念を考えるための目安だったり
それを利用して
遊ぶようになったから
脳みそが発達したから
技術が発達したから
こんなに言語が言葉が増えた
これは単なる考えだから
どうしたいとかどうしてほしいとかはない
ただ
ふとしたときに
言葉の重みと言うかなんていうか
そーゆうのを考えてしまうのよ
どうしようもないからこそ
考えが尽きない
難しいね

んでば