被災当時の状況 その後の行動 | Azusa☆Kaiji

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とりあえずmarinさんが色々語るブログ・・・・。

あまり写真がないのはご了承ください、そんなことしてられる状況じゃなかったんで・・。


3月11日 テスト終了 喜びに満ちて、201系に挨拶に行こうと思い、京葉線撮影を決行した。


特急あずにゃん3号南小谷行き with MXmarin


潮見で会うことに成功、このテンションのまま舞浜に・・。


205のメルヘンなんかにも会うことができ、テンション上昇のまま、


特急あずにゃん3号南小谷行き with MXmarin


ケヨ502編成 コレを撮って、コレがホームについてドアを開けた頃に・・


アレッ、揺れてる、


うわっ うわーっ


そのとき自分は頭を押さえてしゃがみ込んだ、それと同時に屋根から破片らしき物が落ちてきていた・・


特急あずにゃん3号南小谷行き with MXmarin


電車の電気も止まった。これと同時に避難指示が出た


特急あずにゃん3号南小谷行き with MXmarin


当然のごとく 電車は運行停止。


すぐに駅の外へ、そしたら大きな余震が来た。すぐに浦安市運動公園への避難指示が出た。


特急あずにゃん3号南小谷行き with MXmarin


その途中に見た割れた道路、このとき地震の恐怖を知った。


とりあえず、連絡を取ろうと公衆電話のあるところまで移動・・、といっても、舞浜駅に戻るしかなかった。


戻った頃には、電車のドアは閉められ、駅のシャッターが落ちていた。どうやら乗客も無事避難したようだ。


駅のモニターには、NHKの放送が流れていた・・。このとき、真の恐怖を知った。


下に降りると、このような物を・・


特急あずにゃん3号南小谷行き with MXmarin


コレが液状化現象か・・・、自分の見ている物が信じられなかった。


そのまま時間は過ぎ、よる7時頃、JR線は終日運行停止とのことであった。


そのとき、都営バスの運行再開との情報が流れた。


ということは、葛西臨海公園まで行けば都営バスに乗って地下鉄の駅まで避難できるんじゃないかと思い、京葉線沿いを歩き続ける・・。


歩くこと30分 葛西臨海公園に到着。


ただ、バスは来る気配がにない。


ここは海岸だし、津波警報は来ているし・・、だったので、自力で内陸の方まで歩くことに・・


歩き続けること30分 都営バスの営業所を発見。そして葛西駅行きのバスがいることも発見。


コレはラッキーだ、と思い、200円払って乗車。


そして葛西駅へ。


そのとき 銀座線 半蔵門線の運転再開・・・だと・・。やった、コレなら渋谷まではどうにかなりそうだ。


そう聞いた自分は、即座に錦糸町行きのバスに並ぶ、だが来る気配はない・・。


そのとき、東西線の運転再開見込みが立っているとの情報が・・・。


やった、コレは帰れるフラグだ。とおもったが・・。


待つこと30分 安全確認が取れませんでした、とのこと。


何だよー、ともおもったが、どうにか走らせようとする東京メトロには感謝せねばいけない。


そして、もう一度安全確認を行って、待ったこと・・、そのとき時間は23時05分。


妙典-高田馬場での折り返し運転をいたします。なお、西武の運行再開を親から聞いていたので・・


やったー、コレで家に帰れるぞ、ありがとう東京メトロ!。


と、安心して葛西駅に停車していた東葉2000系に乗車・・。


いろいろあって時間はかかったが、何とか高田馬場についた。


そして、同じく運転再開していた西武新宿線のホームへ・・。


2000系の急行拝島行きに乗車・・、乗車率はラッシュ並みであったが、どうにか萩山に到着。


そのまま多摩湖線の春号の国分寺行きで国分寺へ・・、時間は1時20分・・。


そのまま親の車を待ち、帰宅・・。


なんとか自分は無事であったが、被災地の状況を見ていると、悲しくなった、そして、東京にも多くの帰宅難民が・・。


後私鉄は終夜運転を行うとのことで、本当にありがたいと思った。


さいごに・・、助かっただけ、感謝したい、そして、亡くなった方へのご冥福を心よりお祈りいたします・・・。


2011 3:13 MXmarin