サイドバーでクエリ検索自衛隊への個人情報提供を望まない人が記入し、提出する札幌市の除外申請書
 自衛官募集に協力するため、若者の個人情報を名簿などの形で自衛隊に提出している道内21市のうち、稚内など5市が情報提供を望まない人を対象から外す「除外申請」の制度を設けていなかった。本人の同意がなくても、自衛隊に求められるまま名簿などを渡すことは適切なのか。プライバシー保護に対する自治体の意識が問われている。
 「個人情報が守られていないのではないか」。高校2年生の長女がいる稚内市の50代会社員男性は市の対応に憤る。
 来年には長女の意向が確認されないまま、市から自衛隊に情報がもたらされ、入隊案内が送られてくる可能性が高い。長女は進学を希望しており「制度があれば除外を申請したい」と願う。
■神戸で住民訴訟
 稚内市と同様、除外申請の制度を設けていないのは留萌、名寄、滝川、歌志内の各市。留萌市は制度導入の検討を進めているが、滝川市は「市民から具体的な問い合わせや苦情がない」と導入に否定的だ。稚内市も制度を設けない理由について「除外申請を定めた法令はない」と説明する。
 自衛隊の問題に詳しい佐藤博文弁護士(札幌)はこうした対応を「個人情報管理の基本的な理解や問題意識を著しく欠く」と批判する。5市と同様に除外制度がない神戸市では2月、名簿提供はプライバシー権を保障する憲法13条などに違反するとして住民訴訟が起きた。
 除外申請制度がある自治体にも「対応が不十分」との指摘は絶えない。室蘭、恵庭など6市は2024年度、広報誌やホームページ(HP)で1~3カ月間にわたり制度を周知したが、申請はゼロ件。室蘭市の担当者は「周知が行き届いているとは認識していない」と話す。
 札幌市は今月31日まで除外申請を郵送かオンラインで受け付けているが、18歳と22歳の対象者計約3万人のうち除外申請を出したのは10日現在170人にとどまる。
■追加の記入必要
 同市北区のパート従業員伊藤希さん(44)の高校3年生の長男は6月、オンラインで除外を申請した。ただ電話番号の入力が必要で、長男は「除外申請のために、さらに個人情報の記入が必要なのはなぜ」と首をかしげた。伊藤さんは「入隊案内がほしい人だけ手を挙げる対応であるべきだ」と訴える。
 自衛隊への情報提供は従来、自治体が住民基本台帳の閲覧を許可し、隊員が書き写す形式が大半だった。
 しかし19年2月の自民党大会で、当時の安倍晋三首相がこうした対応を「(自治体の)6割以上が協力を拒否している」と批判。21年2月に防衛省と総務省が連名で名簿などの提供について「法律上問題ない」との通知を出し、札幌や旭川などの道内自治体も住民基本台帳の閲覧から個人情報を積極的に提供する対応に切り替えた。
■背景に志願者減
 自衛隊が自治体に協力を求める背景には、深刻化する志願者の減少や中途退職者の増加がある。駐屯地がある道央の市幹部は「人口減が著しい中、自衛隊はまちづくりに不可欠。人材確保への協力は当然」と話す。
 紋別市も防衛省などの通知を受け、21、22年度は名簿を提供した。だが23年度からは住民基本台帳の閲覧に対応を戻したという。庁内で検証を重ね「個人情報保護法に照らすと、明確な根拠をもって名簿を提供できるとは言い切れない」(担当者)と判断したからだ。
 自治体の判断によって対応が異なる自衛隊への情報提供。信州大の成沢孝人教授(憲法学)=室蘭市出身=は「個人情報を外部に提供するには明確な法律の根拠が必要」と指摘。「自治体による個人情報の安易な目的外利用を認めてはいけない」と訴えている。2024年7月20日 21:30(7月20日 23:33更新)北海道新聞どうしん電子版より転載