ダウン症候群のある子どもと家族が集まる「トリクマカフェ」が、交流サイト(SNS)のインスタグラムを通じて全国に広がっています。2022年に名古屋市から始まり、今では北海道を含む22都道府県で開催。ふらっと遊びに行ける気軽さと、急な転勤などでも全国の仲間とつながれる安心感から参加者を増やしています。道内では昨年から、後志管内余市町の母親らが中心となって札幌や岩見沢など6カ所で開き、孤立しがちな家族の出会いの場となっています。(くらし報道部 山田芳祥子)

札幌市中央区のレンタルスペースで開かれたトリクマカフェ。ダウン症のある子とその家族14組が集まった=6月30日(小葉松隆撮影)

・ダウン症候群 計23対の染色体のうち、21番目の染色体が通常の2本よりも1本多いために発症する。最も多い遺伝子疾患の一つで、小児慢性特定疾病情報センターによると600~800人に1人の割合で生まれる。運動機能や知的な発達が緩やかであることが多い。
 「小学校はどこに行くの?」「学校見学はした?」
 6月30日に札幌市中央区のレンタルスペースで開かれたトリクマカフェ。北海道での開催はこの日が12回目。0歳から8歳までのダウン症のある子ときょうだい、保護者ら計約30人が次々とやって来て、玄関は大小の靴で埋まった。
 この日は4、5歳児が多く、話題の中心は「就学準備」。ダウン症など障害がある子の就学先は、地域の小学校の特別支援学級や特別支援学校などがある。札幌市の場合は本人と保護者の希望を聞きながら、必要な支援や教育が受けられる就学先を教育委員会が決める。
 「食材を小さく刻む必要がある子は給食をどうするの」「送迎は、特別支援学級と特別支援学校の授業はどう違う?」―。学校見学をしたという保護者の周りに数人が集まった。

トリクマカフェにはいつもたくさんおもちゃがある。ダウン症のある子やそのきょうだいが思い思いに遊ぶ(小葉松隆撮影)

 

熱心に耳を傾けていた札幌市北区の主婦佐々木利香さん(37)は、長男燎央(りお)ちゃん(5)の就学を来年に控える。「他の子どもたちから刺激を受けてできることが増えるよね。その機会が支援校だと減っちゃうのかな」と不安を打ち明けていた。佐々木さんはもともと、発祥地である名古屋のトリクマカフェのインスタをフォローしていた。「北海道で開かれると知って『やったー!』と思った。体調に合わせて行くかどうか気軽に決められるし、地域も年齢も違う子どもたちや家族と知り会えるのがうれしい」と笑みをこぼす。

トリクマカフェの開催地を記したマップ。全国各地に広がっている(トリクマCLUB提供)

 トリクマカフェは非営利団体トリクマCLUB(名古屋)のプロジェクト。名古屋市でダウン症の長女(6)を育てる山口郁江さん(39)が代表理事を務める。山口さんはダウン症の家族が地域でつながる機会をつくろうと、21年に団体を設立、翌年一般社団法人化した。トリクマは、ダウン症の染色体の状態を表す言葉「21トリソミー」と、長女をモデルにした「クマ」を組み合わせた。
■名古屋からSNSで全国へ広がる
 活動のきっかけは、長女の通院先の待合室で、ダウン症らしい赤ちゃんを抱いた家族に声を掛けていいのか迷った体験だ。そこから「ダウン症の家族は声をかけて」というメッセージを表す「ファインドミー(英語で私を見つけての意味)マーク」のキーホルダーを作り、インスタなどを通じて無料で配布した。

「ファインドミーマーク」キーホルダーを手に持つトリクマCLUB代表理事の山口郁江さん(本人提供)

 22年に名古屋市内でトリクマカフェを始めると、同様の集いを開きたいという声が全国各地から寄せられた。通常、家族会やサークルは、会員登録や年会費の徴収をするところが多い。対して、トリクマカフェは、会員登録は不要とし、1回のカフェごとに簡単な名簿を作り終わったら破棄する。年会費も集めず、会場費が必要な場合は参加者から集める。
 組織もシンプルだ。名古屋での活動を「本店」とし、そのほかの地域での活動は「支店」と呼ぶ。現在は北海道から九州まで28の支店が活動し、インスタでフォローし合っている。「急な転居などがあっても、全国どこでも仲間とつながれる心強さが生まれるのでは」と山口さんは期待する。

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トリクマカフェのアイコンであるクマが描かれた各地のチラシ。大阪の「くいだおれ」などご当地要素を取り入れて代表理事の山口郁江さんが描いている(小葉松隆撮影)

 活動が全国に広がった背景には、新型コロナウイルス禍がある。人に会えなくなり、各地で家族会などの集いが休止した。ダウン症の子を育てる家族が孤立感を強め、人とのつながりをSNSに求めた。
■コロナ禍でつながり求め
 北海道の支店「北海道店いろイロ」を運営する余市町の荒絵里さん(41)は、19年にダウン症のある長女愛子ちゃん(4)を出産した。「同じダウン症の子を育てている人と話がしたい」。札幌に家族会があると聞いたが、コロナ禍に余市から会いに行くのはためらわれた。

荒絵里さんと、1歳のころの愛子ちゃん。コロナ禍で外出できず、SNSでダウン症の子の家族を探したⒸ谷岡功一

中央に立つのが「北海道店いろイロ」を運営する荒絵里さんと愛子ちゃん。両隣は運営を支える2組の親子

 一人悩む中、愛子ちゃんの成長記録をインスタに投稿すると、道内の何人かの母親と知り合った。実際に会うと楽しくて、互いの子どもの日常を見ることで学び合うことが多かった。「もう歩けるの」「じゃがりこなんて硬い物食べられるの」「療育はどうしてるの」。意気投合した札幌在住の2人が手伝ってくれることになり、「今思うと不思議なほどの勢いで」北海道でのカフェ開催を決めた。「北海道店いろイロ」という支店の名前には、「広くて多様な北海道で、いろんな色を持った子どもたちと集まれる場所にしたい」という思いを込めた。
 昨年3月に札幌市中央区で1回目を開催した。自身が孤独を感じた経験から小さなまちにも交流のきっかけを作りたいと毎回場所を変え、これまでに千歳、余市、石狩、恵庭、岩見沢で開いた。

北海道店いろイロのインスタグラムのアカウント。トリクマ共通のクマのキャラクターに北海道の地図をあしらった

 このうち石狩市のカフェは、同市の会社員平沢陽子さん(44)が要望して開いた。昨年8月、市内のコミュニティセンターに、平沢さんのほか市内外の約20家族が集まり、「こんな近くにダウン症のある子がいたなんて知らなかった」と喜び合った。
 平沢さんは長女の柚望(ゆの)ちゃん(3)と参加した。かんだり飲み込んだりする力が弱い柚望ちゃんにとって、食材の形状をどう変えていけばいいのかなど悩みは尽きず、「同じような子育て経験のある人に相談したり、共感し合えたりしてありがたかった」。
 カフェでは、柚望ちゃんが1歳の時に発症し半年以上かけて治療した白血病についても話した。ダウン症のある人は合併症があることが多く、心臓や消化器などの先天性疾患のほか、甲状腺機能低下や白内障などのリスクも高いと言われている。平沢さんの話に、周りの家族は真剣に耳を傾けた。ダウン症の支援に関わることは自治体によって異なり、保育所や学校、医療機関の情報も地域差がある。そのため、カフェでの情報交換は保護者にとって貴重な機会だ。

石狩市で昨年8月に開かれたトリクマカフェ。子育てボランティアらも参加した

 カフェを機に友だち付き合いが始まった人もいる。荒さんは「そんな報告を聞くと本当にうれしい。毎回たくさんの人に会えることが私も楽しみ」と話す。いつか道央の外にも飛び出して、全道でカフェを開くのが夢と語る。
■札幌市「家族の交流、精神的支えに」
 道内では、ダウン症の人や親でつくる「北海道小鳩会」が家族の集まりを定期的に開くほか、啓発イベントなども行っている。札幌市は、3歳未満のダウン症児らの親子向けに、支援事業「こやぎの広場」を実施。週1回、札幌市児童福祉総合センター(中央区)で、保護者同士の交流や情報交換を促すほか、保育士と心理療法士が育児相談などに応じている。
 市家庭支援課は、生まれた子どもの成長や発達に不安を感じる家族が多いと指摘する。「家族同士の交流により孤独感を共有したり、年上の子を見ることで成長した姿を想像したりすることで精神的に支え合える」と、保護者の交流の意義を強調する。ダウン症の子どもにとっても「家族以外の人とふれ合うことが刺激になり、発達や成長が促される」としている。

2024年7月8日 10:00(7月8日 10:31更新)北海道新聞どうしん電子版より転載