札幌市内で分娩(ぶんべん)に対応できる医療機関が2024年秋までに23施設となり、5年前に比べ約3割減少する見通しであることが、北海道新聞の調べて分かった。出生数の減少で経営難に陥った産科クリニックが不採算の分娩対応をやめ、婦人科の診療のみの対応に移行するケースが目立つ。道内自治体の中で医療資源が潤沢とされてきた札幌でも、少子化の影響で周産期医療の提供体制が縮小している。
 道によると、札幌市内で分娩に対応する医療機関は19年4月時点で33施設あったが、23年4月には26施設まで減少した。北海道新聞が26施設に運営状況を聞き取り調査したところ、2施設が既に分娩対応を止め、さらに1施設が今年10月までに対応を終えると回答した。
 札幌市内の出生数は1974年の2万4599人をピークに減少に転じ、2019年は1万2810人まで減った。21年以降は毎年約800人ペースで減っており、23年の出生数は1万456人だった。

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分娩対応を止めた医療機関の多くは小規模の産科クリニックで、施設によっては23年の年間分娩件数が22年より3割減ったところもあった。収入が減っても、分娩対応を続ける限り助産師の人件費や医療機器の維持などのコストを削ることは難しいという。
 札幌市内で分娩に対応する医療機関は減っているが、市ウェルネス推進部は「妊婦が出産する場所に困るほど逼迫(ひっぱく)はしていない」と説明する。
 ただ札幌市の合計特殊出生率(女性1人が生涯に生む子どもの推定人数)は1.02(22年)と政令指定都市の中で最低で、今後も出生数の下降が続く可能性が高い。
 これまで札幌市内は大病院から小規模クリニックまで出産場所の選択肢が豊富とされてきたが、道産婦人科医会の西川鑑会長(61)は「負担の大きい個人経営のクリニックが今後増えることはないだろう」と予測。「妊婦の選択肢は札幌でも少なくなっていく」とみる。
 深刻化する少子化の影響で、札幌市内で周産期医療を支えてきた産科クリニックがこの5年間で3割も減っていた。生まれてくる赤ちゃんが少なくなる中でも、医療機関は分娩(ぶんべん)に24時間対応するため、助産師の人件費など必要経費を削れない状況が続く。「このままでは経営を維持できない」。多くの産科医は苦渋の決断で分娩対応から手を引いている。
 「気心が知れた産院で産みたかったのに」。2人目を妊娠中の札幌出身の会社員中村公子さん(37)=埼玉県=は残念がる。長女(1)を産んだクリニックで里帰り出産するつもりだったが、そのクリニックは4月末に分娩をやめていた。
 クリニックの院長(64)は「この先の経営を考えると、お産を続けるのは難しかった」と打ち明ける。約400件に上った年間の分娩件数は19年ごろから減少に転じ、22年以降は200件台が続いていた。
 分娩に対応するには昼夜問わず備えが必要で、年齢的な厳しさも感じていた。経営を引き継いでくれる産科医を探したが見つからず、現在は主に婦人科の診療を手掛ける。
 北海道新聞の調べでは、分娩に対応する札幌市内の医療施設の数は19年に33施設あったが、24年末までに23施設となる。分娩をやめるクリニックの多くは採算性や医師の高齢化などの課題を抱える。
 7年前から分娩を休止している苗穂レディスクリニック(札幌市東区)の堀本江美院長(62)は「肉体的に続けられず、助産師の確保も難しくなるなどさまざまな要因が重なり、潮時だと感じた」と振り返る。クリニックから救急搬送される妊婦を受け入れ可能な基幹病院が近くに見つからなかったことも引き金になったという。

7年前から分娩対応を休止している苗穂レディスクリニックの堀本江美院長。現在は婦人科を中心に診療を続けている(中村祐子撮影)

美園産婦人科小児科(札幌市豊平区)では現在、6人の助産師が正規職員として働く。年間180件あった分娩は23年度に約3割減ったが、麦倉裕理事長(66)は「常に夜勤対応が必要になるため、助産師の人員を減らすわけにはいかない」と話す。分娩が経営の圧迫要因になる中、今年10月末で対応を終えることを決めた。

 少子化の影響は、病床数の多い総合病院の医療体制にも及んでいる。

 KKR札幌医療センター(札幌市豊平区)は23年3月に分娩をやめた。将来的な分娩数の減少を見込んで、直線で約2キロ離れた別法人が運営するJCHO北海道病院(同)と機能を再編した。分娩を含む周産期機能はJCHO北海道病院に集約し、一方で婦人科機能は、KKR札幌医療センターが担うことにした。

 両病院に医師を派遣する北大病院産科婦人科の渡利英道教授(59)は「病院同士の利害が絡むので簡単ではないが、将来的にはこうした病院同士での機能分担が必要になってくる可能性がある」と指摘する。

 国が26年度からの導入を検討する出産費用の保険適用も、産科経営に不安を広げる。現在、出産費用は医療施設が自由に価格を決められる「自由診療」だが、保険診療になれば全国一律の公定価格となるからだ。

 道産婦人科医会の西川鑑会長は「医療機器や光熱費が値上がりしても、価格に転嫁できない恐れがある」とし、さらなる産科医療の縮小を懸念する。

2024年7月5日 10:00(7月5日 12:26更新)北海道新聞どうしん電子版より転載