全世代の中で最も貧困率が高いとされるのが単身高齢女性です。夫の収入や遺族年金に頼れず、現役時代の賃金の少なさに伴う低年金を余儀なくされています。世界経済フォーラム(WEF)が6月中旬に発表した男女格差(ジェンダー・ギャップ)報告で、日本は特に経済分野の順位が低い結果となりました。なぜ男女の経済格差はなくならないのか。背景を探りました。(くらし報道部 有田麻子)

家計を記録したノートを見つめる札幌の女性(写真を一部加工しています)

「定年後は旅行に行こうと楽しみにしていた。でも実際には病院代もかかるし、今はそんなに長生きしたくないな、と思う」
 月約8万円の年金で暮らす、札幌市西区の市営住宅に1人で暮らす無職女性(69)は家計簿を眺めながら話す。
 36歳で結婚・出産して専業主婦に。夫が暴力を振るうようになり、3年後に離婚した。娘1人を育てながら、医薬品会社の事務、宿泊施設での給仕、保険会社の勧誘員などパートの仕事を転々とした。「非正規雇用の職しか見つからなかった」。その後17年間続けたコールセンターの仕事は、契約社員のまま65歳で定年を迎えた。

退職後、年金の足しにと未経験の介護のパートを週に2回始めた。時給は最低賃金だったが、やりがいを感じ、働きながらヘルパー2級の資格も取得。しかし、ある日、右肩が痛くて雑巾を絞れなくなった。
 歯周病の炎症による肩のまひだった。持病の膠原(こうげん)病による体のだるさもあり、パートは諦めた。函館で看護師として働く長女(33)がスマホ代や電気代など月約2万円を援助してくれ、何とか生計を立てている。
 「働きたいけど、体が思うように動かない。いつも『どこかでお金の無駄をしてないかな』と考えている。交通費がかかるから、本当に必要な時以外は外出しない」
■単身高齢女性の4割が「貧困」
 所得が平均の半分以下の世帯の割合を示す相対的貧困率は、65歳以上の1人暮らしの女性で4割超(男性は3割)という調査もある。厚生労働省の「厚生年金保険・国民年金事業の概況」(2022年度)によると、厚生年金の平均月額は男性が16万3875円、女性が10万4878円。女性の低年金は、現役時代の低賃金と就業期間の短さが要因となっている。
 「なぜ、もっと働いて稼ぎたいのに、パートの求人ばかりなのか」。札幌市厚別区の松浦めぐみさん(54)は、42歳で3人の子を連れて離婚してからずっと不思議に思っていた。
 当初、調理師免許を生かして勤めた高齢者施設では、正社員登用もあると言われていたが、3年働いてもその兆しがなく転職した。続いて、医療機関で事務を始めたが、同じパートの同僚は夫のいる主婦が大半で、扶養から外れないため就業調整をしていた。松浦さんも同様のシフトが組まれ、手取りは10万円程度だった。
 現在は、知人の紹介で精神障害者向けグループホームで正社員としての職を得た。月18~19万円に加えて賞与もある。
 ただ、長男(24)と次男(20)の貸与型奨学金の返済があり、生活はかつかつ。70歳まで働くつもりだ。「将来もらえる年金は、おそらく生活できる金額じゃない。病気になったら生活保護を受けるしかない」
■当事者団体「年金制度の見直しを」
 単身の中高年女性の当事者団体「わくわくシニアシングルズ」(東京)代表の大矢さよ子さん(73)は「未婚率が高まり、独身の人は増えている。問題が解決されなければ、今後もっと困窮する人は増えるだろう」と懸念する。

同団体が22年に40歳以上の単身女性2345人に調査したところ、就労中の人のうち正規雇用で働く人は44.8%と半数に満たず、非正規雇用は38.7%、自営業は14.1%だった。非正規雇用・自営業の人の約半数が年収200万円未満だった。65歳以上の高齢女性のうち54.3%が年金月額10万円未満で、70歳以上でも45.9%が働いていた。
 「女性は結婚して扶養されればいい、という考えから、女性の単身高齢者の課題が放置されてきた」と大矢さん。
 会社員に扶養されるパート従業員らが一定の収入に達するまで社会保険料を支払う必要はない「3号被保険者制度」や、現役時代の給料で年金が決まる仕組みの見直しが必要だと強調。「最低賃金の引き上げと同一労働同一賃金の実現も重要だ」としている。
■働いても貧困、なぜ?
 世界経済フォーラム(WEF)が6月中旬に発表した男女格差(ジェンダー・ギャップ)報告で、日本は146カ国中118位で、特に政治・経済分野の順位が低かった。日本における男女の経済格差の背景に何があるのか。統計データを読み解くと、「働いても貧困」というキーワードが浮かび上がる。
 ジェンダーとは、生物学的な性差ではなく、「男らしさ」「女らしさ」といった社会的・文化的に作られた性差を指す。
 報告は経済、教育、健康、政治の4分野で男女間の格差を数値化し、格差が少ない国から順にランキングを公表している。男性の値を1とした場合、女性がどの水準にあるか数値で示し、数値が0に近づくほど不平等となる。


日本の値は118位の0.663で、前年より0.016ポイント改善した。ただ、G7の中では最も格差が大きく、中国(0.684)、韓国(0.696)など近隣のアジア諸国と比べても遅れている。
 特に深刻なのは、政治と経済の分野。政治は113位の0.118、経済は120位の0.568だった。
 経済分野の指標を詳しく見ると、労働参加率の男女比が0.768、同一労働における賃金の男女格差が0.619、推定勤労所得の男女比が0.583、管理的職業従事者の男女比が0.171だった。
 北海学園大学経済学部教授で、社会保障論・ジェンダー論が専門の中囿(なかぞの)桐代さんは「働いていても賃金が上がらないことが大問題」と強調する。

「正規雇用比率と労働力人口比率」(23年)のグラフを見ると、20代後半から30代で女性の労働力人口比率が落ち込む「M字カーブ」はほぼ見られなくなっている。結婚や出産を機にいったん離職し、育児が一段落したら再び働くという傾向が、解消されつつある。
 一方で、女性の正規雇用の割合が20代後半を頂点として減少する「L字カーブ」が顕著だ。23年は25~29歳の59.4%をピークに、30代以降下がり、50~54歳は34%、55~59歳は30.2%だった。家事育児の負担が女性に偏り、非正規に転じざるを得ない状況は依然として残る。

一方、正社員であっても男女の賃金格差が存在する。「雇用形態別の男女の給与額」(23年)のグラフでは、正規雇用の女性の給与額のピークは55~59歳の31万6300円。男性のピークの44万800円と比べて約12万円低い。60代では正規雇用の女性と非正規雇用の男性の給与額がほぼ重なる。
■女性の進出阻む「長時間労働」
 なぜなのか。中囿さんは「日本の職場に長時間労働のデフォルト設定があること」が背景にあると説明する。内閣府の男女共同参画白書(23年)によると、1週間で49時間以上働く40~44歳の男性は28.7%、女性は7%。60時間以上働く同年代の男性は10.7%、女性は2%。「企業の要請にいつでも応じられるのが『良い労働者』で、家事や育児の負担を担うことの多い女性はそこに入れず賃金が上がらない」

 国は「女性版骨太の方針2024」で男女間賃金差の公表義務付け企業の対象拡大の検討や、30年までにプライム市場上場企業の女性役員30%以上を目指す(現在は13.4%)などを掲げる。
 中囿さんは、「この30%に入れたエリート女性と、そうではない大多数の女性との格差は拡大する可能性がある。女性役員を増やせば良いという話ではなく、差別のない社会の仕組みを考えることが必要だ」と話している。

2024年7月1日 10:00(7月2日 16:31更新)北海道新聞どうしん電子版より転載