自治体の多くが持つ郷土資料館や博物館、美術館などのミュージアムは、人口減や財政難で運営が難しくなっている。閉館すると、収集した資料が散逸したり、倉庫などに置かれて住民の目に触れなくなる。実際に夕張市では財政破綻を機に2012年に閉館となった市美術館の絵画などが倉庫で眠っている。ただ、夕張に残る作品は「失われつつある炭鉱の記憶を後世に伝える貴重な財産」と考えるのが、学芸員の資格を持つ市職員の山口一樹さん(31)だ。
 山口さんは富山市出身。新潟大卒後、夕張市の地域おこし協力隊員を経て、19年に市職員になった。
 勤務の傍ら今春、北大で取得した修士号の論文は、夕張で22、23年に実施した研究が基となった。研究ではまず、炭住街が広がる市内の風景や人々の暮らし、祭りなどをテーマにした絵画や写真などの展覧会に訪れた約70人一人一人と対話しながら、作品鑑賞後の思いを聞き取った。
 さらに、その人たちが炭鉱とどの程度の関わりがあるかを大まかに三つに分類した。①は「市内の炭鉱に務めていた人やその家族」。炭住街などの絵画作品を見て「夕張というまちが家族(のような存在)だから、作品が訴えかけているものが分かる」といった感想が多く聞かれた。②は「炭鉱の記憶はないが、興味がある人」。まちの衰退や炭鉱事故で多くの犠牲者を出した歴史に「寄り添いたい」という気持ちを持っていた。③は「炭鉱の記憶もなく、炭鉱に特に関心もない人」。それでも「美術作品として作者の人生に共感できた」との感想が聞かれた。
 山口さんはこの調査で「炭鉱との関わりの程度に違いこそあれ、誰にとっても、作品は見応えがある」との結論を導き出した。
 例えば③の人にとって、機会がなければ炭鉱のことはずっと知らないままとなる。しかし美術に興味があれば、知る手だてとなりうる。また①や②の人と対話の機会があれば、理解はより深まる。こうした意味において、作品は単なる美術品としてだけではない価値があると考える。
 このため「小さくなっていく自治体でもなるべく作品は残していくべきだ」と強調。財政難で真っ先に削られる文化財保護関連予算のあり方に疑問を投げかける。
 博士課程に進んだ現在は「(戦争の歴史など)人によって解釈が異なる過去を扱うミュージアムに焦点を絞り、そこを起点とした対話の重要性について考えていきたい」と話す。

炭鉱時代の夕張をテーマにした絵画を前に市民と対話する山口さん(左)

2024年7月1日 21:32(7月1日 22:18更新)北海道新聞どうしん電子版より転載