風邪薬やせき止めなど市販薬を過剰摂取するオーバードーズ(OD)が若年女性を中心に広がっている。ODは意識障害や呼吸不全を引き起こし、一歩間違えれば命を落としかねない危険な行為だ。政府は20歳未満を対象に販売規制を強化する方針だが、家庭内暴力(DV)や児童虐待などの心の傷を負う若者が、精神的に追い込まれ、苦しみから逃れたい一心に、市販薬を頼る実情がある。規制に止まらず、ODが生きづらさを訴えるSOSであるという理解と、苦悩に手を差し伸べる姿勢が社会に欠かせない。
 「彼氏の浮気がひどいから」。札幌市内で出会った少女(17)は当初、ODを繰り返す理由をこう話していた。しかし、やりとりを重ねるうちに分かったのはトラウマ(心的外傷)の連続。幼少期に父親のDVが原因で両親が離婚し、母親には自傷行為をする自分を理解してもらえなかった。助けになってくれるはずの存在に見捨てられ、自暴自棄になっていた。
 ODは中学生のころから始めたが、量が増え、多い時には90錠を一気に飲み込み、意識がもうろうとする。「ODだけが身近で簡単に、つらい気持ちを紛らわしてくれる」。周囲に相談することができず、自ら心身をむしばんでいた。
 ODは東京・歌舞伎町の若者が集う一角「トー横」を中心に全国で深刻化している。北海道新聞が道内の実態を探るため、人口上位12市の消防本部を対象に、2023年の救急搬送でODの疑いが含まれる事例を集計したところ、搬送者数は計1098人に上った。10~20代の女性が全体の37%を占め、同世代の男性の約4倍に及んだ。
 全体の7割を占める札幌市消防局によると、ODをした理由は、自ら命を絶とうとする「自殺企図」や「自傷行為」が大半。厚生労働省によると、女性は男性よりうつ病など気分障害にかかりやすく、若年女性が突出する一因とみられている。
 交流サイト(SNS)上には、大量の市販薬の写真とともに「死にたい」との投稿があふれている。投稿は拡散され、結果的に模倣を招いているという。医療関係者は「ODの救急搬送の多くが本人の通報で発覚している」と明かす。若者が胸の内の苦悩をはき出すことは容易ではないが、ODによってSOSを表出させている側面がある。
 厚生労働省の検討会は昨年12月、依存性がある成分を含む市販薬の乱用対策として、20歳未満への複数・大容量の製品販売を禁じる制度見直し案を取りまとめた。販売は原則対面で、小容量製品1個に制限し、身分証提示による年齢確認も義務付ける方針だ。ただ、店舗間で購入情報を共有する仕組みがないなど「抜け穴」は多い。「市販薬は親が買ってくるし、家に常備していてもおかしくない」とODをする少女たちは言う。規制の実効性は未知数だ。
 道内のある総合病院では、ODで搬送された女性が、治療を終え、帰宅した日に再びODをしたり、自殺を図った事例があるという。この病院には、精神科の専門医が不在で、救急医は「メンタルヘルス(心の健康)の問題にまで着手できない」と頭を悩ます。対症療法に止まり、本来必要なケアにつながらない医療体制の不備が浮かぶ。
 薬物問題に詳しい国立精神・神経医療研究センター(東京)の嶋根卓也・心理社会研究室長は、ドラッグストアに勤める薬剤師や登録販売者が、悩みを抱えた人を見逃さず、相談に乗る「ゲートキーパー」の役割を担う必要があると提唱する。「販売時の声かけが、乱用にブレーキをかけ、専門医ら相談機関につなぐことができる」。
 部屋から大量の薬の空き瓶がでてきたり、SNSの投稿を見かけたり、何かの拍子に身近な人の異変に気付くことがあるかもしれない。その際「頭ごなしに止めさせようとしてはいけない」と、専門家は口をそろえる。若者にとってODは、つらさを一時的に忘れる手段になっているからだ。突き放してしまえば、孤立感に拍車をかけ、隠れてODをするようになる恐れもあり、誰にも気付かれずに命を危険にさらすことになる。
 ODをする若者はありのままを穏やかに受け止め、気にかけてくれる人を求めている。「生きていてよかった」と声をかけ、「薬は少しずつ減らせたらいいね」と、時間をかけて寄り添いたい。家族でも、友人でなくても、誰もが誰かの居場所になれる。SOSが届く社会は、もがきながら生きる命への理解の積み重ねの先にある。

2024年6月23日 11:14北海道新聞どうしん電子版より転載