北海道庁では4月、新たに623人の新規採用職員が社会人としての一歩を踏み出しました。一方で若手職員の退職もここ数年で増えており、2022年度は知事部局で118人と、5年前に比べて1.8倍に上りました。地域社会へ貢献し、収入や福利厚生の面からも地方公務員は「安定した就職先」として人気が根強いとされます。道庁では離職者の増加になぜ歯止めがかからないのでしょうか。札幌市をはじめとする道内の自治体でも同様の傾向がみられ、人事担当者は人材確保に向けた対策に手を尽くしています。(報道センター 今関茉莉)

知事や道庁組織を多角的にとらえる連載<北海道庁のリアル>

道庁入庁3年目で退職した白川部慶太さん(小川泰弘撮影)

 「広域行政ならではの仕事がしたい」。札幌市の白川部慶太さん(27)は、20年4月に道庁に入庁しましたが、昨年1月に退職し、民間企業へ活躍の場を求めました。道庁では1年目から希望していた建設部に配属されましたが、道議会への対応に携わる中で少しずつ違和感を覚えたと振り返ります。

「答弁調整が徐々に茶番のように感じるようになった」と話す白川部さん(小川泰弘撮影)

 道議会では、道側と議員が事前に質疑応答を一言一句すりあわせる答弁調整が長年の慣習となっています。鈴木直道知事は19年の就任直後に見直しを表明しましたが、入庁して目の当たりにした光景に「変わったとは感じられなかった」と白川部さん。議員に求められるまま何度も議会に出向き、依頼された資料やデータを用意するため夜遅くまで働く上司の姿に将来の自分を重ねることができませんでした。

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道庁で働く上司の姿に将来の自分を重ねられなかった白川部さん。現在は民間企業で働く(小川泰弘撮影)

 道人事課によると、23年4月1日時点の職員数(知事部局)は1万2736人。22年度に自己都合で退職した職員は206人で、そのうち29歳以下(118人)が全体の57%、39歳以下(164人)では約8割に上ります。また、今春採用の大卒の一般事務職には920人の応募があり、312人が合格しましたが、内定辞退率は前年比1.9ポイント増の39.4%に達しました。
■理想と現実のギャップに苦悩
 道庁の業務は多岐にわたり、予算編成や議会対応のほか、庁内はもちろん市町村や国との調整も求められます。3月末に退職した別の男性(37)は全道各地への出張も多かった観光振興課からの異動を機に「自分にやりたい仕事はもっと現場に近いものだ」と感じ、理想と現実のギャップに悩んだといいます。
 「道民のためにという思いで入庁しても、住民とじかに接する仕事ばかりではない。どこを見て仕事をするのか迷う職員も結構出てくる」。道庁に長く身を置く幹部職員からはこうした声も聞かれます。道職員の数は高橋はるみ知事時代に採用を抑制したこともあり、30代前半から40代前半が相対的に少なく、せっかく採用した職員が道庁を離れるのは痛手とみられます。

20代以下の退職が増える北海道庁

 全道庁労組は退職者が増え続ける要因について、「新人職員の中には、表舞台で活躍できる観光や広報などの分野に華やかなイメージを持って道庁に入ってくる人が多く、外からは見えにくい予算や議会などの仕事に面白さを感じられないのかもしれない」とみています。少子化を背景に民間企業との人材の奪い合いが激しくなっているほか、「売り手市場」が続く就活環境から若者世代にとっては終身雇用への意識も薄まり、転職へのハードルも低くなっているとみられます。同じく3月末に道庁を退職した30代の男性は「自分の能力がどう評価されるのか気になり、興味本位で転職サイトに登録したら企業から声が掛かった」と話します。
 道庁は4月1日、これまで実施してこなかった新規採用者の入庁式を初めて実施。背景には離職者が相次ぐ若手職員の意欲を高める狙いがありました。「苦労を重ねながらこれから道庁で働く同期の仲間が一緒に過ごす場は大事だ」。鈴木知事は3月下旬の記者会見でこう述べ、「できるだけ長く勤めていただきたい」と働きやすい職場づくりを図っていく考えを示しました。

新入職員の意欲を高めるためとして、初めて開催された道の入庁式=4月1日(小宮実秋撮影)

 採用活動に力を入れる道は昨年12月、一度退職した元職員を再雇用する「ジョブリターン(復職)制度」について、これまでの医療、福祉、土木などの専門職だけでなく、新たに一般事務職を対象に追加し、24年度は4人が採用されました。また、採用ホームページを拡充し、職員の一日の働き方や仕事内容、休日の過ごし方を紹介。道職員と対面やオンラインで直接話ができる「オフィスウォッチング」も導入し、就職希望者との「ミスマッチ」が起こらないよう工夫を重ねており、人事課は「幅広い業務があるからこそ、そのやりがいを知ってもらいたい」としています。

道庁の採用ホームページ

 約1万2千人の職員(一般事務職)を抱える札幌市でも、若手の退職は課題になっています。市人事課によると、22年度に自己都合で退職した10~30代の職員は102人で、ここ10年間で2倍以上に増加。離職者全体(122人)の約8割を占めています。市では本年度から秋採用を導入し、採用枠の一部には専門的な対策が必要な従来の公務員試験を免除し、民間企業で主流となっている適性検査「SPI3」や面接を導入することで、幅広い受験者の確保を目指しています。
 こうした採用方法は全国の他の自治体で先行事例がありますが、憲法や行政法が出題範囲に含まれる専門試験がなく、対策が簡単になることについて公務員予備校・TAC札幌校の山科明彦拠点長(50)は「ミスマッチを起こす一因になっている」とも指摘しています。試験のハードルが下がったことで「なんとなく」で受験し、「思っていたのと違う」と退職する人が増えているからだといいます。
■各自治体で社会人経験者求める流れ
 山科氏は新卒採用者が早期退職する傾向が強まれば、各自治体で社会人経験のある人材を求める流れが加速しかねないと指摘。「公務員の年金制度は景気の影響を受けず、育児休業など休暇制度は民間企業に比べても圧倒的に充実している」と語り、働き方改革や採用後の研修制度の質を高めることも若手職員をつなぎとめる上で重要な視点だと分析しています。
 道内の自治体では、日高管内浦河町が柔軟な勤務が可能な「フレックスタイム制」を拡充し、働き方によっては週休3日が可能になる先進的な取り組みを実施しています。仕事と家庭生活の両立に配慮した職場づくりを進めることで人材確保につなげる狙いで、町の担当者は職員の採用についても「少しでも都市部に近い近隣自治体への応募が多いのが実情。勤務条件を少しでもよくしていきたい」と話しています。

2024年6月19日 10:00(6月20日 17:01更新)北海道新聞どうしん電子版より転載