ロシアによるウクライナ侵攻が続く中、ウクライナ語を学び始めた学生たちが道内にいる。ウクライナ語は旧ソ連時代に抑圧を受けてきた歴史があり、その構図は今にも重なる。戦禍が続く中、祖国から避難したウクライナ人は600万人超、道内に避難している人も現在25人に上る。「言葉を通じて、少しでも力になりたい」。そんな思いが学生たちの根底にある。

ウクライナ語の文字の発音を指導する清沢紫織さん
■有志の勉強会
 北海学園大の講義室。「キリル文字を見ながら、発音を確認しましょう」。スラブ語学が専門の同大人文学部講師、清沢紫織さん(36)に続き、参加した15人の学生がウクライナ語で使われる33文字のキリル文字を順に読み上げた。
 ロシアとウクライナ両国に滞在経験がある清沢さんは昨年6月、有志の勉強会を始めた。学生から希望が寄せられたからだ。清沢さんによると、道内でウクライナ語を学べる場はほとんどない。スラブ・ユーラシア研究センターがある北大も「ウクライナ語の講義はない」という。
 北海学園大4年の高橋乃愛さん(22)は勉強会に通って2カ月になる。カナダに4カ月間、語学留学をした際、ウクライナから避難した女性と友人になったことがきっかけだ。女性の父は今もウクライナに残る。
 親しく付き合っていた2人。女性が数日間、授業に来なかったことがあった。後に女性の友人が戦争で命を落としたと聞いた。「彼女が落ち込んでいる時、ウクライナ語で励ますことができたら」。思いを強くした高橋さんは、帰国後に勉強会に参加。カナダの大学に残る女性に勉強を始めたと伝えると、喜んでくれた。「いつか彼女とウクライナ語で話したい。言葉を通じて、少しでも力になりたい」
 同大4年の吉田晴さん(22)は昨年、札幌市内の飲食店で弾き語りをする、ウクライナから避難した男性に会った。「厳しい状況にあるウクライナから避難してきた人たちの話し相手になりたい。故郷の言葉なら、安心してもらえるかもしれない」と勉強を続ける。

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北海学園大で行われているウクライナ語の勉強会で、かるたを使ってキリル文字を学ぶ学生たち

■「独立国家」の象徴
 ウクライナ語はロシア語と同じ東スラブ語に分類され、「1」を表す言葉も同じ。ただ、ウクライナ人にとってウクライナ語は「独立国家」の象徴的存在だ。
 ロシア帝国の時代だった19世紀、ウクライナ語はロシア語の「方言」として扱われた。旧ソ連でも長期間、ロシア語が実質的な公的言語とされた。ウクライナ語にはあるがロシア語にはない文字「Ґ」は、自由に使うことさえできなくなった。
 それでもウクライナ語は消えなかった。ウクライナ語は1991年に独立したウクライナの国家語になり「Ґ」の文字使用も復活。「ウクライナ人にとってウクライナ語は、独立した民族というアイデンティティーの根幹をなしている」と清沢さんは語る。
 一方、歴史的経緯からウクライナでは広くロシア語も話されている。清沢さんは「ロシアのプーチン大統領はウクライナの複雑な言語状況をロシア人とウクライナ人の『歴史的一体性』という自身の主張と恣意(しい)的に結びつけ、軍事侵攻を正当化している」と指摘する。
 北大大学院文学研究院の菅井健太准教授(スラブ語学)は「遠い北海道に住む日本人がウクライナに独自の歴史と文化、言語があり、ロシアに抑圧されてきたと知ることで、ウクライナの人たちを精神的に後押しできる」と話した。

2024年6月19日 18:00(6月19日 18:11更新)北海道新聞どうしん電子版より転載