退職金は定年後の生活を支える柱だ。だが、意外と無頓着な人も多いよう。いざという時に戸惑ったり慌てたりしないように、注意点をファイナンシャルプランナー(FP)に聞いた。
■FP・辰田さん 最適の選択「一人一人異なる」
 「自分が受け取る退職金の額をはっきり把握している人は少ないですね」。こう話すのは、小樽市のFP辰田光司さん(51)。「相談に訪れた人には、可能な限り会社に確認するよう、助言しています」

金額とともに受け取り方も確かめよう。退職金の受け取り方は三つ。①一時金②年金③一時金と年金の併用―がある。課税額は異なり、「手取り額で数十万円の差が出ることもあります」。
 企業の退職金の支払い方で最も多いのは「一時金」だ。厚生労働省の就労条件総合調査(2023年)によると退職金制度を有する企業は74.9%。このうち「一時金制度のみ」が69.0%を占める。「年金と一時金の両制度併用」は21.4%、「年金制度のみ」は9.6%にとどまる=グラフ㊤=。

一時金で受け取る場合のメリットは、退職所得控除により税制上の優遇が受けられることにある。本来、所得(退職金)が多いほど高い所得税が課せられる。だが一時金で受け取れば、勤続年数に応じて退職所得控除を差し引くことができ、税の負担が少なくなる。
 退職所得控除額を出す計算式は、勤続20年までは「40万円×勤続年数」、20年を超えると「800万円+70万円×(勤続年数―20年)」。勤続年数は年未満の端数は切り上げる。仮に39年1カ月働いた人の場合、「40年」として扱う。「800万円+70万円×(40年-20年)」で計算し、2200万円までなら非課税となり、支払われた分がそのまま手取り額となる。
 一時金で受け取る退職金が退職所得控除額を超えた場合、「(退職金―退職所得控除額)÷2」で計算した金額が、退職所得として所得税と住民税の課税対象となる。所得税は累進課税方式のため、所得金額によって税率が異なる。住民税は一律10%。
 企業年金や個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」などを、退職した年と同じ年に一時金として受け取ると、退職金と合算して退職所得が計算される。
 年金として受け取る場合のメリットは、分割してもらうため一気に使うなどの「無駄遣い」を避けられることなどがある。「支出の管理が苦手な人は、年金で受け取ることを検討してもよいと思います」
 年金として受け取ると、「退職所得」ではなく「雑所得」として扱われる。公的年金などと合わせた金額から「公的年金等控除額」を差し引いた分が雑所得となる。控除額は、65歳未満で年金額が130万円未満なら、最大60万円。65歳以上で同330万円未満なら最大110万円だ。年金額によっては、課税額や社会保険料の負担が増える可能性もある。
 一時金と年金を併用して受け取る場合、退職所得控除を最大限に活用し、残りを年金で受け取る方が有利になるケースが多いという。ただ、「どういう受け取り方がいいか、一人一人異なる。税理士など専門家に相談を」とアドバイスする。
 退職前の生活費の把握も重要となる。23年の家計調査報告(総務省)によると、65歳以上の夫婦無職世帯の実収入は平均月額24万4580円、年金などの社会保障給付が9割近くを占める。一方、食費や住居費などの消費支出と、税金などの非消費支出を合わせた総支出は28万2497円。差し引き3万7917円の「赤字」となる。単身無職世帯では、実収入が12万6905円、総支出は15万7673円。不足額は3万768円だ=グラフ㊦=。
 「退職後、急に家計を引き締めるのは難しい。退職前から少しずつ見直すといいでしょう」。まずは、退職前に1カ月の生活費を把握すること。家計簿などを活用し、食費、住居費、光熱水費、被服費、交際費など項目別に確認するのが望ましい。
 家計簿をつけるのが苦手な人は、通帳や電子マネーの残高などから1カ月当たりの支出額を把握するだけでもいい。「月初や月末などに残高を定点観測すると、生活費の大体の傾向がつかめます」
 夫婦共働きなど現役のころ、高収入だった人ほど退職後の減収の影響は大きい。「生活費の把握は早めに取り組むことが大事」と助言する。
■終身雇用前提 制度見直しの動き
 退職金制度も退職金も細りつつある。厚生労働省の就労条件総合調査によると、大学卒・大学院修了の定年退職者(勤続20年以上かつ45歳以上)の平均給付額は、2003年が2499万円だったが、23年は1896万円と約600万円減。制度がある企業は1993年は92%だが、23年には74.9%だった。
 調査対象企業に変動はあるが、リクルートワークス研究所(東京)の坂本貴志研究員(労働経済)は「退職金制度も退職金の金額も減少傾向にあることは間違いない」と話す。
 背景には、賃金に関する企業の考えの変化があるという。「終身雇用を前提にした退職金制度は、社員の老後の生活保障や賃金の後払い的な性格だった」。しかし、近年、少子化で減る若年労働者を確保するため、中高年に手厚い従来型の給与体系を見直し、「賃金について社員個々の、その時々の働きを反映させようとする企業が増えた」と指摘する。「今後もこの流れは続く。大企業以上に中小企業で早く進むだろう」とみる。(編集委員 稲塚寛子)

2024年6月17日 4:00(6月17日 11:57更新)北海道新聞どうしん電子版より転載