「孫にファイターズの新球場に連れて行ってもらったよ」「すごいね」。5月下旬、由仁町郊外。1人暮らしの90代男性宅を訪問診療で月1回訪れる町立診療所の総合内科専門医、島田啓志(ひろし)医師(40)は世間話をしながら男性の胸に聴診器を当てた。
 男性は気管支ぜんそくの持病がある。島田医師は呼吸が前回より浅いことに気付いた。男性に自覚症状はなく、血中の酸素濃度を測るとやや低い数値だった。
 「呼吸が少しよくない」「薬の服用を時々忘れている」。島田医師はパソコンに男性の体調や注意事項などを書き込む。情報は男性宅を訪れる訪問介護員や訪問看護師らの端末に転送し、常に共有される。ささいな体調の変化も互いに情報交換して男性のケアに生かしている。この日、島田医師は午後からの訪問診療で4軒を回った。時には「体が痛くて動けない」「動悸(どうき)がひどい」などの連絡を受け、時間を問わず往診や緊急入院に対応する。
 人口約4600人で高齢化率が44%に迫る由仁町。2018年3月に町立病院(57床)を診療所(19床)に転換し、在宅医療に力を入れている。人口減などで病床稼働率が下がる一方、高齢化に伴い、高血圧や心疾患などで自力での通院が困難な患者が増えていたからだ。現在常勤医は3人。2人が訪問診療を受け持つ。訪問診療利用者は18年の開始当初1カ月間で数十人だったが栗山、長沼の両町にも広がり、約120人に増えた。
 高齢者は体調を一度大きく崩すと、子どもの住む都市部に転居したり、介護施設に頼る傾向は依然強い。島田医師は「在宅医療を一つの選択肢として安心して選んでもらえるよう、信頼を積み重ねていきたい」と語る。
 在宅医療が始まったことで、自宅で最期を迎える患者は増える傾向にある。島田医師は日本緩和医療学会の認定医で、終末期患者の痛みを医療用麻薬などで和らげる。
 栗山町の女性(50)の母親(81)は、末期がんのため札幌での治療継続を断念。4月から自宅で週2回の訪問診療で緩和ケアを受け始めた。最近は体の痛みが強くなり、島田医師は医療用麻薬を少し増やすことにした。女性は「訪問診療のおかげで、母は安心して家族のそばで過ごすことができる」と感謝する。
 患者のケアに関わるスタッフも、よりやりがいを感じている。長沼町の訪問看護ステーションの小野美喜子所長(58)は、終末期の患者が体調を崩し、札幌などの病院に入院する度に、患者を支えきれなかった無念さを感じていた。それだけに「今は訪問診療を利用すれば、住み慣れた家で生活を続けられる」と歓迎する。
 島田医師によると由仁町や周辺地域は札幌などと違い事業者同士の顔が見え、緊密に連携しやすいという。医療機関や介護、看護の事業者は限られるが「地方だからこそ高齢者の生活をていねいに支えていける」と力を込める。
 <メモ>由仁町立診療所が、在宅で患者の最期を見届けた「みとり」は、スタート直後の2018年度は6人だったが、19年度20人、20年度25人、21年度39人、22年度45人、23年度44人と増える傾向にある。厚生労働省の統計によると、22年の「自宅死」の割合は、由仁町が17.1%と空知管内で一番高く、南幌町16.0%、岩見沢市15.8%、栗山町15.5%と続く。

自力では通院が困難な患者宅で診療を行う島田啓志医師。定期的な訪問診療以外に、突発的な往診依頼にも対応する

2024年6月11日 11:07北海道新聞どうしん電子版より転載