女性の学生が極端に少ない東京大学の現状への危機感をもとに、その背景にある社会構造や問題を分析した「なぜ東大は男だらけなのか」(集英社新書)が2月の発売以来、話題を集めています。著者は副学長の矢口祐人(ゆうじん)教授(札幌市出身)。矢口教授は「多様な学生が学ぶ環境にならないと、大学は国際的に取り残される。第一歩としていびつな男女比を是正しなくては」と話しています。(東京報道 中村公美)

「なぜ東大は男だらけなのか」(集英社新書) 2023年現在、東大生の男女比は8:2。現役の副学長でもある著者が、多様性ある未来のためには現状を打開する必要があると、改革に向けて提言。東大のジェンダー史をたどるほか、米国の取り組み例も紹介し、大学を軸に日本社会のあり方を問い直す。1089円

――「なぜ東大は男だらけなのか」では、東大が「男だらけ」の環境であることに着目し、改革を提言しています。現役の副学長がこうした著書を手がけた理由を教えてください。
 「私は昨年4月からグローバル教育センター長を兼務し、大学の国際化に携わっています。東大をはじめ日本の大学の特殊性が浮かび上がってきたのですが、その一つが男女比で、女性が2割という東大は極めて異質。世界のトップ大学の男女比はほぼ同数で、欧米では女性が多い大学もある。この問題に気付かせてくれたのは学生たち。2010年代には東大の女性学生を堂々と排除するサークルがあり、『なぜ大学はこうしたことを許すのか』と随分指摘を受けました。さらに留学生をはじめとする多くの学生から、東大の男女比について疑問の声を聞き、東大のジェンダー構造の問題を意識するようになったのです」
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■東大生は「男性」という前提
 ――国内の有名大学に比べても、東大の女性比率が低いのはなぜでしょう。
 「一つは社会的な要因。『女の子だからそんなに勉強しなくていい』とか『一流大学に行ったら嫁のもらい手がなくなる』と、この時代でも言われる女性学生がいる。『東大女子』という言葉がありますが、そこには東大生は男性だという前提がある。つまり高学歴は女性には必要ないという考えが社会にずっとあった。もう一つは東大の教員、職員、学生が男性の多い状況をそのまま享受し続けているということ。もちろんこのままで良いと思っている人はほとんどいません。でも『大学としてできることは限られている』と自分たちの問題としてとらえていないのです」

やぐち・ゆうじん 1966年札幌市生まれ。札幌南高を経て北海道大学に入学。3年進級時に中退し米国ゴーシェン大に編入、1989年に卒業。同国のウイリアム・アンド・メアリ大大学院で博士号取得。1995年に北大言語文化部専任講師、1998年から東大大学院助教授、2013年から同大大学院総合文化研究科教授。専攻は米国研究。2022年に同大副学長、23年に同大グローバル教育センター長に就任。著書に「憧れのハワイ 日本人のハワイ観」など。
 ――強い問題意識がないことが、変化しない理由の一つなのですね。
この後は、大学のいびつな男女比が生む弊害などについて指摘しています
 「たとえば東大から卒業生が出て官庁や企業に就職し、社会のリーダーになっていく。そう考えると東大は男性中心の社会構造のサイクルの重要なパーツの一つとなっているのです。これは東大だけの問題ではなく、高等教育は社会構造のサイクルを作っている一部なのに、当事者意識が圧倒的に欠けている。学生の女性比率の少なさは社会的な問題が背景にはありますが、男性教員をはじめとした自分たちが生み出している問題でもあるということです」

――東大で「男だらけ」の状況が続くことの弊害とは何でしょう。
 「大学というのはさまざまな思考が交差してその中で新しい発想が生まれ、いろいろなものが作られたり、アイデアが出たりという場所。ですから多様な意見や価値観が交わるような空間でなければなりません。今の東大は多様性に欠けている。男性が8割であるほか、大都市圏の出身者、中高一貫の男子高出身者が圧倒的に多い。このまま放置していれば東大に国際的な競争力はつかない。今まではこれでも良かったのかもしれませんが、21世紀に入ってからは、画一的な環境では発想が生まれてくることはないでしょう」
 ――東大の男女比に複雑な思いを持っているそうですね。
 「社会の男女比は半々なのだから、普通に考えれば学生は女性が半分になるはず。それができていないということは、確実に何らかの障壁が設けられてるということです。自然な結果とは思えません。男女比を是正したいというのは競争力のためということもありますが、その前に大前提として、私にとっては正義が貫かれるためにも必要なことだと考えています」

男性が8割を占める東京大学のシンボル・赤門(金田翔撮影)

――札幌で過ごした学生時代はどうでしたか?
 「まったく男女差について問題意識がありませんでした。札幌南高では女子生徒は全体の3分の1でも、そんなものだろうとしか思っていなかった。北大は2年生までいましたが、女性が少ないことに疑問を感じる男子学生はほとんどおらず、私もその一人でした。米国の大学に進み、フェミニズムの波に触れ、そのような考え方があるのかと驚き、その時から教育に男女で不均衡がある問題について意識するようになりました」

――本書では、米国で1960年代後半から1970年代にかけて一気に名門大で共学化が進み、その後男女同数になるまでの状況を紹介しています。
 「共学化が進んだのは、当時のフェミニズム運動の中で男女の教育アクセス機会は平等であるべきだと思っていた人が多くいたことが影響したためです。もう一つは大学間の競争です。女性を入学させなければ大学が没落するという危機感があったことで、一気に共学化が進みました。日本は社会の意識がまだ十分ではないし、東大だけでなく主要な国立大学の女性比率は低く、横並びの状態。だから競争も危機感も生まれないのでしょう」
 ――なぜ東大をはじめ、日本の主要大学の変化は遅いのでしょうか。
 「その原因は私のような立場にある、日本人男性の意識の欠如に尽きると思います。自分たちが作り上げている構造を変えるには、自分たちが動かないといけない。女性を登用することは必要ですし、確かに第一歩かもしれない。それでも権力を持っている側が人ごとにしていたら何も変わらない。『男女比が是正されたら良い』と皆が言うけれど、実際は何をするのかを問うと、『それは私のすることではない』という感じになっている。変えるには、構造を作ってきた男性側の行動が必要なのです」
■「げた」を履いているのは、どっち?
 ――東大を変えるために女性教員の積極的な雇用を本書で提言しています。
 「女性の教員の積極雇用について私はやるべきだと思う。でも『女性だから採用されたと言われたくない』という女性からの声もたくさんある。私はその思いはすごく重いし、無視してはいけないと思いますが、男性の教員は男性だから採用されたという面もあるのです。男性の採用にあたっては、男性というジェンダーは絶対に作用しています。採用された時には『この人は男だから』なんて誰も言わないですが、男性という身分が社会的な中で与えられてきたからこそ得られているものがたくさんあったはず。男性教員の業績の影には、配偶者が家事や子育てを担ってくれたこともあるかもしれない。僕は男性の教員がもっとそうしたことを考えないといけないと思います」
――一定の入学枠を女性学生にあてる「クオータ制」導入についても言及しています。
 「仕掛けがなくて変われるのでしたらそれに越したことはない。ただ、今まで仕掛けをしないで変わらなかった。それなら、何かしなければいけない。クオータ制は男女双方から反対意見がありますが、数ある仕掛けの中の一つとして徹底的に議論すべきだと思います。なぜなら、男性の学生の方がいろんなものを享受しやすい傾向にあるからです。たとえば、進学校も男子高の数が圧倒的に多い。意識的に少しずつ変えていかないといけないと思います。この制度の話をすると、『女性にげたを履かせるのは不公平だ』という声を聞きますが、男は生まれた時からずっとげたを履いている。自分のげたを見て、自分で脱ぐという行為をしてから、女性にげたの話をすればいい。それなのに、クオータ制のような話が出るとすぐ不公平だ、げただというのは違和感を覚えますね」
 ――本書は東大が抱える問題を指摘しています。現役の副学長が執筆したことに驚きました。
 「学外からは内容に関心を持ってもらったり、内容をほめていただいたりしたこともありましたが、学内からは当然反発もありました。同僚からはジェンダーに言及するということは、その領域に足を踏み入れる覚悟を持つ必要があると言われ、書いた内容に責任を持たなくてはと思っています。東大では2022年に藤井輝夫総長のもと『東京大学 ダイバーシティ&インクルージョン宣言』を出し、多様性の推進を進めています。そうした状況にあったからこそ、この本を書く勇気が持てたのかもしれません」
 ――東大のキャンパス内に「なぜ東京大学には女性が少ないのか?」と問いかけるポスターが目立ちますね。

5月からは男女の不均衡を伝えるポスターが学内の至る所に掲示されている(金田翔撮影)

「私の著書とは関係なく、東大の女性リーダー育成に向けた取り組みの一環です。5月からポスターのほか、学食のトレーにも同じものが貼られています。意識啓発が重要。学生、教員、職員とも、これは自分の問題だと思ってもらえたら」
■多様性に富む大学を目指して
 ――グローバル教育センター長としても重要なテーマですね。
 「国際化とジェンダーの問題は特に日本の大学では関係が深いものだと考えています。東大生で国際的なことに関心を持つ学生は、女性の方が多い。これは女性の学生が、日本の社会はダメだと思っているからではないかと考えているのです。『ここにいてはいけない』と感じているのかもしれない。女性の学生は国際的な分野にとても積極的です。私は男女問わず、国際的な体験を通し、今の日本のジェンダー構造を考えてほしい。海外の大学に行けば、東大の教室の雰囲気が当たり前じゃないと分かるのでは。国際化というのは、多様な気付きの第一歩です。ジェンダーについて気付いてもらうためにも、国際的な活動に参加してほしい。そして海外から来た学生に『なぜ東大は8割が男性なの?』と問われたら、きちんとその国の言語で説明できるようになってほしいと思っています」
 ――今後目指す東大の姿とは?
 「私一人でできることではないのかもしれませんが、第一歩は男女比がいびつではない大学です。これは絶対的に不可欠だと思います。あとは留学生と日本で育った学生たちがいろいろな言語で共に意見を交わして学ぶ環境。日本で育った学生も、地方出身者はまだ少ない。北海道を含め多様な地域からもっと入学してほしい。そして現在、学生の親は大学卒が多く、親の教育歴と子どもの教育歴が完全に比例するようになってしまっている。経済的環境、地域的環境、ジェンダー、国籍など多様な学生が学ぶ環境にしたいと考えています」
 ――3月の中央教育審議会では国立大の学費を年間150万円程度に上げるべきだという慶応義塾大学の伊藤公平塾長の提言が注目されました。
 「例えばドイツのような福祉国家は授業料がタダです。米国は途方もなく授業料が高いのですが、家庭の所得によって免除される制度がある。いろんなやり方がありますが、一つ言えるのは高等教育にはお金がかかるということ。欧州諸国と比べ、日本の高等教育への予算は少ない。教育にはコストがかかりますが、本当に学びたい人が最良の教育を受けられるシステムが必要だと思います。高等教育の充実は社会の力になるわけですから、10~15年の間隔で先を見据え、そのコストの分配を考えていくべきです」

2024年6月9日 14:00(6月9日 23:47更新)北海道新聞どうしん電子版より転載