腫瘍内科の医師は、多くの患者の治療にあたる、いわば「がん治療のプロフェッショナル」だ。相澤病院(長野県松本市)のがん集学治療センター化学療法科統括医長の中村将人医師(50歳)は、47歳で甲状腺がんを発症したが、「自分もいつかはがんになるかも」と思っていたこともあり、冷静に告知を受け止められたという。ただこれは、「医師だから特別――とは考えないでほしい」と訴える。

 本記事は、週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2024』の特集「がん患者になったがん治療医と医療ジャーナリスト」より抜粋した後編として、中村医師の体験と、一般の人ががんになった時どうすればいいかを紹介する。

 

「がんが見つかったのは本当に偶然でした」と語る中村将人医師。2021年1月に海外で開催する学会に出席予定だったが、いわゆる「コロナ禍」の影響で学会そのものが中止となった。時間が空いたので“何げなく”PET検査を受けたところ、甲状腺に腫瘍が見つかった。

 くわしく調べてみると、それは直径1センチにも満たないがんで、多数のリンパ節転移が認められた。ステージ1の甲状腺がんだった。

 「驚きはなく、そうなのか……という感覚。自分もいつかはがんになるかも、という思いはあったので。ただ甲状腺というのはちょっと意外でした」

 腫瘍内科医として疾患に対する知識があり、告知は冷静に受け止められた。勤務先の病院での手術が決まると、自身の受け持つ患者の治療に影響が出ないように仕事の段取りを進めた。

■がんと診断されても、あわてないでいるために
 2人に1人ががんになる時代といわれていても、いざ自身ががんと診断されると不安になったり冷静でいられなくなったりすることは多いだろう。なかにはがんと診断されただけで仕事をやめてしまうこともあるという。だが、一言でがんといっても、部位(臓器)、進み方(ステージ)によってその後の治療や経過は大きく異なる。

 中村医師の場合、自分のがんが甲状腺がんであり、他臓器への転移がない、つまり手術によって根治が望めること、などが思考のベースにあったので落ち着いた対応ができた――と分析する。

 手術で甲状腺と副甲状腺を摘出した。最終的にリンパ節転移は23カ所に及んでいたことが認められた。

術後は神経麻痺(まひ)による声のかすれ(嗄声、させい)がありリハビリテーションもおこなった。放射線治療を2度施行し、その後は再発なく現在にいたっている。甲状腺を全部摘出したため、現在は毎日甲状腺ホルモンの摂取をしているものの、それ以外に症状はなく、仕事にも復帰している。

 がんの発見から3年が過ぎた。

 「腫瘍内科医として、多くの患者さんを診療してきた経験もあって、もともと普通の人よりは死は身近なものでしたが、自分ががんになったことでその存在がリアルになったことは確かですね。50歳を前にしてのがんは確かに少し早いですが、それは特別なことでもないと考えています」

 医師としての考え方には多少の変化はあったという。

 「後悔がないように、できることを淡々とやっていこう、という思いが強くなりました。以前よりがん患者さんの気持ちがわかるようになったし、それだけに患者さんの期待に応えたいという思いも強くなった。その半面、私自身の力が抜けたのも事実です。『いい医師でなければ』と気張る姿勢がなくなったことは、医師としてよかったんじゃないで

すかね」

がん治療医は47歳でがん患者になった 「特別なことでもない」 医師としての考え方に変化は?

がん治療医は47歳でがん患者になった 「特別なことでもない」 医師としての考え方に変化は?© AERA dot. 提供

■がん相談支援センターで不安な気持ちを話して

 中村医師の言葉から、「知識の強み」を感じ取ることができる。正しい知識があればこそ、がんと告知されても冷静さを失うことなく動けたわけで、その「迷いのなさ」は医療者ならではの利点なのかもしれない。

 これに対して中村医師は「医師だから特別――とは考えないでほしい」と訴える。

 「がん相談支援センター」を設置する病院は全国で増えており、各自治体のホームページからも確認できる。がんという病気について、あるいは治療について不安があるときは、センターに相談すれば、専門のトレーニングを積んだ相談員が病気の状況に応じた対応をしてくれる。しかもその相談は、その病院にかかっていない患者も受けることが可能だ。

 「がんと診断されてもあわてず、医療従事者と相談し、不安なことがある場合にはがん相談支援センターに連絡してほしい」

 そうした情報を持っているか否かで、患者の行動や安心感は大きく左右される。少なくともがん治療において、正しい知識や情報を持っていることがデメリットになることはないはずだ。

(取材・文/長田昭二)

※週刊朝日ムック『手術数でわかるいい病院2024』より