近年急速に増えている前立腺がんの治療で、一般に最も確実とされているのが「前立腺全摘除術」と呼ばれる手術だ。ただ、手術を受けると、ほとんどの男性が尿漏れや、ED(勃起障害)といった合併症に悩まされ、尿漏れパッドの装着が必要になる場合があるなどQOL(生活の質)は低下する。こうした二次的な影響を防ごうと、手術法の工夫や術後のリハビリに積極的に取り組む医療機関もある。
 「前立腺全摘出後の尿失禁や性機能低下は男性にとって重要な問題。がんが治っても、治療が男性の自信を失うことになってはならない」と話すのは札幌医大臨床教授で、三樹会泌尿器科病院(札幌市白石区)の佐藤嘉一院長だ。

食生活の欧米化や検査の普及などで前立腺がんは、1995年と比べ6倍になった。前立腺肥大症が前立腺の内側がはれて尿が出にくくなるのに対し、前立腺がんは前立腺の外側に発生するため、初期にはほとんど症状がなく、排尿への影響もない。

 前立腺がんは主に50歳以上の男性に発症し、PSA(前立腺特異抗原)検査で分かることが多い。治療は手術のほか、放射線照射、男性ホルモンを抑える内分泌療法がある。

 最も確実な局所治療は手術だ。前立腺はぼうこうの下にあり、尿道を取り囲んでいるため、手術は前立腺と精のうを摘出して、ぼうこうと尿道をつなぎ合わせる。ところが、手術する場所には尿の排出を調節する尿道括約筋と、勃起に関する神経組織があり、それらが摘出されたり、傷つくことで尿漏れやEDが起こる。

 手術には開腹、腹腔(ふくくう)鏡、手術支援ロボットを使ったものがある。ロボットの中で一番普及しているのが「ダビンチ」で、機能を温存させつつ、がん細胞を減弱・死滅させる確実性が高い。

 泌尿器ロボット支援手術プロクター認定医で、三樹会泌尿器科病院ロボット手術・腹腔鏡手術センター長の石﨑淳司医師は「がん手術は制がん性と尿禁制(排尿を自分の意思でコントロールでき、尿失禁がない)など機能温存を含めたQOL維持のバランスが大事。個々人の状態によるが、可能な限り勃起神経を温存し、尿失禁予防につながる術式を工夫しているため、術後の尿漏れを訴える患者さんは少ない」と語る。

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佐藤嘉一院長

同病院はこうした手術法とは別に、他の病院にない積極的なEDリハビリを行っている。一般的なED治療薬投与のほか、道外の大学病院でも行われている「陰茎海綿体自己注射」を取り入れている。患者が性行為をする前に自分で陰茎側面に注射を打つものだ。薬は慢性動脈閉塞(へいそく)症や閉塞性動脈硬化症などで使われる安全なもので、注射針も極細で痛みは少ない。前立腺摘出後の患者の85%に効果があるという。
 「低強度体外衝撃波療法」も行っている。尿路結石の破砕で使われる衝撃波を活用したものだ。治療は尿路結石より低強度の衝撃波を陰茎に当てる。これにより陰茎の血管新生が促進され、血流の回復がもたらされ、EDの改善が期待できるという。治療は1回当たり20分で、9週間で12回行う。
 佐藤院長は「ロボット手術の普及で患者側に勃起機能の温存に過度の期待をする向きがある。だが、神経を温存してもEDとなったり、勃起機能が低下することもある。術前の十分な説明が大切だ」と指摘している。

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石﨑淳司医師

2024年5月15日 5:00(5月15日 18:13更新)北海道新聞どうしん電子版より転載