事前予約制で子どもを受け入れる当別町の赤ちゃんポスト

【当別】親が育てられない乳幼児を預かる民間施設「ベビーボックス」(赤ちゃんポスト)が石狩管内当別町に開設されてから、10日で2年となる。施設はこの間、乳児や新生児を複数人保護してきたが、道は施設の安全管理に問題があるとして受け入れ中止を求めている。施設の運営者は道の要請を顧みず、むしろ活動の賛同者と協力して関西などに新施設を増やす動きを見せるなど、行政側との溝は深まる一方だ。

 施設を運営する当別町の公認心理師、坂本志麻さん(49)は2022年5月に同町郊外の自宅に赤ちゃんポストを開設。活動に賛同する人たちと共に翌23年に札幌と浜松両市に、今年に入り北広島市にそれぞれ預かり施設を開いた。

 坂本さんらは現在、奈良県など関西を中心に新たな施設の開設を目指している。「この子たちが犠牲にならないよう、新しく赤ちゃんポストをつくりたい」。協力者の1人で、奈良市在住の元牧師松原宏樹さん(56)は5年前に養子縁組したダウン症の男児(5)を抱きながら意欲を語った。

養子縁組した男児を抱く松原宏樹さん。「障害児を育てられない母親の苦悩は深い。赤ちゃんポストが増えれば母子ともに助けられる」と話す

松原さんは18年から、子どもを手放したい親を対象に養子縁組などの相談を続けおり、坂本さんとは長年活動を支え合ってきた。
 松原さんは多い年で年間50件余りの相談に応じてきた。大半が難病や障害のある子どもの母親からで、育児を諦める理由は経済的負担やパートナーの理解不足などさまざまだ。中には自殺を示唆した母親もおり「無条件で子どもを引き受ける場所が必要だと思った」。
 新たな施設の具体的な開設場所や時期は未定。病院などとの連携も目指すが、応じてくれる医療機関があるかも分からない。
 それでも松原さんは話す。「難しい試みなのは分かっているが、北海道では実際に命が助かった」。当別の赤ちゃんポストが行き場のない小さな命を救った「実績」は、新たな施設を生む原動力になっている。

当別町で赤ちゃんポストを運営する坂本志麻さん

当別の施設は坂本さんが実質1人で運営し、全国の妊婦や子育て中の母親から毎月約90件の相談を受ける。23年に乳児2人を受け入れ、今年1月には医療機関の健診を受けていない妊婦が孤立出産した新生児2人を個別に一時預かった。
 坂本さんは「コインロッカーではなく、ここを預け先に選んでくれた。行政とつながりたくない母親の選択肢になっている」と成果を強調する。
 だが道が再三指摘してきた施設の安全面の課題はまだ解消されていない。道などによると、施設は医療機関と連携しておらず、1月のケースでは新生児の搬送先を探すのに長時間を要した。未受診の母親についても匿名性を尊重し、病院に搬送しなかった。
 道は、こうした行動は母子の生命や健康に重大な影響を及ぼす危険があったと判断。2月に乳幼児の受け入れ中止を要請したが、坂本さんは応じていない。施設は個人がボランティアで運営している形のため、道に介入する権限はなく、要請に強制力もないという。
 道は4月末に医療関係者や専門家と施設への対応を協議したが、膠着(こうちゃく)状態の打開につながる妙案は浮かばなかった。道保健福祉部の野沢めぐみ・子ども応援社会推進監(48)は「預かった命に責任を持てないなら運営をやめるべきだ。このままでは誰かが犠牲になる」と危機感を募らせる。
 道は今後も悩みを抱える妊婦に公的相談窓口の利用を呼び掛けつつ、施設に受け入れ中止を求め続ける考え。だが坂本さんは「うちがあれば、道は『赤ちゃんポストに妊婦を任せられない』と相談体制を強化する。それも私たちの役割」と話す。
 多くの親子を救う目的では一致する両者だが、主張の隔たりは簡単に埋まりそうにない。
■公的機関以外の窓口を

藤女子大・小山和利教授の話

藤女子大・小山和利教授

行政は安全面で問題のある施設を認められませんが、公的機関の窓口に相談できない事情を抱える親がいるのも事実です。児童虐待は子どもの傷や泣き声など発見の手がかりがありますが、困難を抱えた妊婦は自らSOSを出さなければ見つけにくい。妊婦が相談しやすい窓口を確保するため、赤ちゃんポストをなくすのではなく、行政の子育て支援ネットワークに組み込む議論も必要です。
■医療機関との連携必須

札医大・正岡経子教授の話

札医大・正岡経子教授

「赤ちゃんポストは、誰にも知られず子どもを手放せる」という認識が広がれば、医療機関を受診しない妊婦が増えかねません。孤立出産は母子ともに命を落としかねない危険な行為です。赤ちゃんポストは未受診妊婦の相談に備え、医療機関と連携する必要があります。行政に頼れない妊婦は生活に問題があるケースも多く、子どもを預かるだけでなく、伴走型で支援することが重要です。

2024年5月7日 17:00(5月9日 12:41更新)北海道新聞どうしん電子版より転載