大正から昭和初期、当時の野付牛(現北見市)でキリスト教の布教や奉仕活動に尽くした宣教師のピアソン夫妻。その邸宅は今年、建設から110年の節目を迎えた。洋風の建物は「ピアソン記念館」として保存され、北海道遺産となっている。地元のNPOは、北見のまちを住みよくしようと尽くした夫妻の功績を伝える活動を続ける。まちづくりへの思いや貴重な建物を次代へつなぐ動きを見た。
 今年新たに製作されたピアソン記念館の英語版エコバッグ。記念館外観と「PIERSON MEMORIAL HOUSE」の文字が印刷されたバッグには「冬あか一掃運動」を説明した紙が添えられている。
 雪解けとともに町内会や地域住民が道路や家の周囲を清掃する北見市の「冬あか一掃運動」。NPO法人ピアソン会の伊藤悟事務局長(78)によると、1972年に始まった北見の春の風物詩といえるこの運動は、ピアソン夫妻の活動が先駆けだという。今年は4月22~26日に行われた。
 「ピアソン夫妻は、はだしで遊ぶ子供たちがけがをしないよう、道路に落ちたガラス片やくぎを拾って歩いたと伝えられています。ピアソン会もその精神を受け継ぎ、レジ袋を減らし環境美化になれば、とバッグを作りました」と伊藤さん。
 英語版を作ったのにはもう一つ理由がある。夫のジョージ・ペック・ピアソンの生まれ故郷、米ニュージャージー州エリザベス市との姉妹提携が今年、55周年を迎え、7月に訪問団が北見を訪れる。記念館の庭でコンサートも企画されており、記念品になればとの思いからだ。
 提携50周年の2019年には、北見赤十字病院や北見工業大がエリザベス市の医療機関や大学と協定を結んだ。ピアソンの古里との縁は、北見のまちづくりの今につながっている。
 宣教師として来日し、首都圏で英語教師をしながら伝道をしたピアソンは、その後小樽、札幌、旭川などで活動をした。夫妻は1914年(大正3年)に野付牛村に移住。住まいを建てたのはカシワの木立に囲まれた眺めの良い高台で「三柏(みかしわ)の杜(もり)」と呼んだ。当時のカシワの木の1本は記念館横に現存する。
 ピアソンは40年の在日期間の多くを道内での布教活動に費やし、うち北見で15年を過ごした。記念館2階には昭和初期の周辺の住宅地図もあり、子細に眺めると「ピヤソン」の表記が見える。
 ピアソン夫妻の活動は布教にとどまらず、遊郭建設反対運動や地方から中学に通う子供たちの寮建設など、人権擁護意識に基づき多岐にわたった。
 度重なる改修をした記念館だが、年月を経て新たな傷みも生じている。昨年は入り口上の屋根が破損、修理を実施。市街地の貴重な観光スポットだけに北見市は本年度、北海道博物館の専門家を招いて本格的な修繕が必要か調べる。
 北海道遺産に認定されたのは2001年。長くピアソンの功績を伝えてきた市民団体「ピアソン会」はこれを機に翌年、NPO法人化した。定期的に会報を発行し、ピアソンにまつわる歴史の掘り起こしや論考を掲載している。
 記念館の庭で樹木や草花など約100種の世話をする同会ハーブ部会の講師、増井五夜子(さよこ)さん(71)は「ボランティア的なことがしたいとNPOに加わっている。古き良きものを支えていきたい」と笑顔を見せる。
 2025年の道庁赤れんがリニューアル時には、北海道遺産のコーナーで記念館も紹介されるという。
 ピアソン会の会員は現在53人。北見をはじめ全国にいる。中山一夫理事長(75)は「人々の教育や福祉向上などピアソン夫妻が手がけた活動は幅広く、多くの人に知ってほしい。今後も調査研究を続けていく」と力を込めた。
■ヴォーリズ設計 地域性反映 初期の名建築
 夫妻の居宅だった木造2階建ての記念館を設計したのが、国内に数多くの作品を残した建築家、ウィリアム・ヴォーリズ(1880~1964)だ。
 米カンザス州に生まれ、英語教師として1905年(明治38年)に来日、建築事務所を開き、軟こうで知られる医薬品メーカー、近江兄弟社(滋賀)の創業者となったヴォーリズ。ミッションスクールや洋風住宅のほか、大阪・大丸心斎橋店や東京・山の上ホテルなど、およそ千棟の建物を手がけた。
 宣教師でもあったヴォーリズは、毎年長野県軽井沢で開かれた宣教師の会合を通じて、ピアソンと交流していた可能性がある。ヴォーリズ建築に詳しい大阪芸術大名誉教授の山形政昭さん(74)は「ピアソン邸はヴォーリズ建築の初期に生まれたもので、白い板張りの西洋館は、北見の地域性も感じられる名建築」と評する。
 全国各地のヴォーリズ建築を継承する「ヴォーリズ建築文化全国ネットワーク」の幹事でもある山形さんは「ピアソン会はネットワークにも欠かせない存在」と話す。
 ヴォーリズが設計を手がけた関西学院大博物館(兵庫県西宮市)で13日から7月13日まで開かれる写真展では、ピアソン記念館の外観写真も展示される。
 北見の記念館2階の一室は「ヴォーリズ記念室」として、記念館の設計図をはじめ全国のヴォーリズ建築について紹介している。
 <ことば>ピアソン記念館 北見市幸町7の4の28。午前9時半~午後4時半。休館日は毎週月曜、年末年始、祝日の翌日。金、土が祝日の場合はその翌日も開館する。入館無料。電話0157・23・2546。

2024年5月4日 12:14(5月5日 9:52更新)北海道新聞どうしん電子版より転載