民間組織「人口戦略会議」による「消滅可能性自治体」の発表は、道内の人口減少に歯止めがかからず、将来的には東京圏でも人口が維持できない厳しい現状を浮き彫りにした。人口減少社会にどう向き合うべきか。道内外の専門家に聞く。(5回連載します)
 
ますだ・ひろや 東京都出身。東大法学部卒業後、建設省(現国土交通省)入り。95年から岩手県知事を3期12年、07~08年に総務相を務めた。09年から東大公共政策大学院客員教授。20年1月に日本郵政社長に就いた。同年まで約11年、道の顧問も務めた。


 私が副議長を務める「人口戦略会議」は24日、全国の40%超に当たる744自治体、北海道では65%超の117市町村が2050年に「消滅する可能性がある」との報告書を発表した。14年に「日本創成会議」が公表した「消滅可能性自治体」は全国896、道内147で、数字上は若干改善したものの、主な要因は外国人住民の増加によるもので、少子化基調は全く変わっていない。地方の人口流出に歯止めをかけ、若年人口が集中している都市部の出生率を高める対策が急務だ。
 10年前の「消滅可能性自治体」の発表は、インパクトのある言葉で社会に警鐘を鳴らし、人口減少が加速する深刻な状況に気づいてもらう狙いがあった。ただ消滅可能性を指摘された自治体では若年世帯や移住者を呼び込む対策が活発化したが、人口流入が続く都市部では危機感が広がらなかった。地方では自治体間で人口を奪い合い、一方が勝てば一方が負ける「ゼロサムゲーム」のような状況も起きてしまった。
 一方、1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は、15年の1.45から下がり続け、22年には過去最低の1.26まで落ち込んだ。若者が集まる都市部ほど出生率が低い傾向も顕著になった。
 こうした反省も踏まえ、今回は人口移動がなく、出生と死亡の要因だけで人口が変化したと仮定した推計(封鎖人口)も活用し、全国の自治体を①消滅可能性②ブラックホール型③自立持続可能性④その他―の四つに大きく分類した。
 特に注目したのは、ブラックホール型自治体だ。該当した25自治体は都市部が中心で、東京23区では新宿区や渋谷区など16の区が当てはまった。宇宙で周りの物質を引き寄せるブラックホールのように、地方から多くの若者をのみ込んでいるが出生率が非常に低く、子どもが増えないため、このままでは東京圏でも人口は減り続けていく。
 人口が集中しているブラックホール型自治体の出生率改善の成否は、国内全体に波及する。希望する人が結婚・出産できるよう若年層の雇用環境を改善し、所得を引き上げる対策が急務だ。男性の育児参加を促し、子育てと仕事を両立できる働き方改革も必要だ。
 地方はどうするべきか。今回、道内では旭川市など37市町村が消滅可能性自治体から脱却したが、長期的に人口が減る傾向は変わらない。自治体が広域的に連携し、中核となる都市で地域の人口流出を食い止める取り組みを強化するべきだ。自治体の規模の違いを乗り越え、行政サービスを補完し合う新たな制度を整備してもいい。人口減を理由とした市町村合併は「敗戦処理」の雰囲気が強く、実際には難しいだろう。
 まちづくりの責任を負うのは、最後は自治体だ。地域で徹底的に議論し、合意形成を図るという民主主義は、人口規模によらず維持しなければならない。そのためにも国が、後ろ盾となる将来ビジョンを明確に示すことが不可欠だ。
 <ことば>消滅可能性自治体 有識者らでつくる「日本創成会議」(座長・増田寛也氏)が2014年5月に公表した報告書で独自に定義した。子どもを産む中心世代の20~30代女性が30年間で半数以下になるとの推計が根拠で、自治体運営が困難になるとしている。
■出生率向上 置き去りに
 日本の人口減少の最大の問題は、スピードが速すぎることだ。現在の総人口は約1億2400万人だが、国の推計では年間100万人ペースで減少し、76年後の2100年には6300万人に半減する。しかも高齢化率は40%に達する。少ない現役世代では多数の高齢者を支えきれず、中期的には社会保障制度そのものが崩壊してしまう。

14年の「消滅可能性自治体」の発表後、当時の安倍晋三政権は「地方創生」を打ち出した。東京一極集中の是正と地域社会の維持を目的に明記した「まち・ひと・しごと創生法」が成立し、結婚や出産、育児に希望が持てる社会を目指すことも盛り込まれた。
 ただ国の体制は、人口流出を抑える社会減対策に取り組む「まち・ひと・しごと創生本部」と、出生率改善などの自然減対策を担当する「子ども・子育て本部」に分かれてしまった。政府の方針を受け、各自治体は定住促進などに取り組んだが、結果的に社会減対策に重きが置かれすぎた。私たちが「消滅」という強い言葉を使ったことによって、特に小さい自治体に負荷をかけてしまった側面もあったと思う。
 一方、この10年間、出生率向上に向けた自然減対策は真っ正面から議論されず、あまり動きが見えなかった。仕事と子育てを両立できる環境が整わなければ、子どもを持つことは難しい。若い人の所得向上や働き方改革にもっと力を入れるべきだった。
 今回の発表では、100年後も若年女性人口が5割近く残ると推計される市町村を「自立持続可能性自治体」と定義した。全国で65自治体にとどまり、道内はゼロだったが、大きく三つのタイプに分類できる。
 一つは出生率が比較的高い沖縄県や鹿児島の離島などの自治体。二つ目は、都市の再開発や育児支援が奏功し、人口が増えた千葉県流山市のような自治体。そして三つ目は、台湾積体電路製造(TSMC)が進出した熊本県菊陽町のように企業誘致に伴う人口流入があった自治体だ。
 日本の出生率は「西高東低」の傾向があり、沖縄タイプの自治体は伝統的に地域全体で子育てをする意識が高い。ただ流山市のように住みやすいマチづくりに力を入れてきた自治体は時間の経過とともに効果が出ており、北海道も次世代半導体の量産化を目指すラピダス(東京)の千歳市進出に伴う若年人口の増加が期待できる。地域の特性を踏まえ、諦めずに対策を講じていくことが重要だ。
 人口戦略会議は1月、2100年に人口を8千万人規模で安定させ、成長力のある社会を構築すべきだと提言した。実現には60年に合計特殊出生率を2.07まで改善することが必要だが、日本と同じく低出生率が続いたドイツでは保育所の整備や家族で過ごす時間を増やす政策を進めた結果、社会の意識が変わり、出生率は上昇に転じた。
 岸田文雄首相は「異次元の少子化対策」を掲げ、昨年末に「こども未来戦略」を策定した。給付金などの具体策だけでなく、社会全体で危機感を共有し、民間も含めた国民運動につなげられるかが問われる。

2024年4月29日 23:37(4月29日 23:40更新)北海道新聞どうしん電子版より転載