2021月11月に檜山管内厚沢部町で始まった子育て世帯向けの移住体験事業「保育園留学」が、都会の子育て世帯から注目されています。人口わずか3300人のマチに首都圏や関西圏を中心に年間140組が訪れ、子どもの希望で移住した家族もいます。地域にとっては交流人口が増えたり、経済効果があったりするだけでなく、地元の子どもにもプラスの影響があると言います。保育園留学が人気となっている背景を探りました。(報道センター 宮崎将吾)

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保育園留学で預かり先となっている厚沢部町の認定こども園「はぜる」

「自然が豊かな地方で生活することで、子どもには創造性と環境変化への適応力を身に付けてもらいたい」。2024年2月に約2週間、家族5人で保育園留学した大阪府茨木市の宮外真理子さん(37)はそう魅力を語ります。宮外さんは今回で保育園留学の利用が4回目というリピーター。京佳ちゃん(6)、倫太朗君(4)、怜奈ちゃん(2)の3人は平日、認定こども園「はぜる」に通い、地元の園児たちと広々とした園庭でそり遊びなどを楽しみました。

③地元園児と一緒に遊ぶ京佳ちゃん(右)

ちょっと暮らし住宅でテレワークする宮外さん夫妻

翻訳会社を経営する宮外さんと、IT企業に勤める夫の和輝さん(35)はその間、移住体験用住宅「ちょっと暮らし住宅」でテレワーク勤務。2人はパソコンに向かい、宮外さんは英語から日本語への翻訳、和輝さんはオンラインで新規事業の打ち合わせをしました。休日は家族で隣の檜山管内江差町にある観光名所のかもめ島を散歩するなど、田舎暮らしを満喫しました。

自治体と組んで保育園留学の事業を展開するキッチハイクの山本代表

自身も厚沢部町に住み、娘がはぜるに通う「キッチハイク」の山本雅也代表は「厚沢部町などの地方は人口減少や経済縮小といった多くの課題を抱えています。保育園留学を通じて厚沢部町を地域活性化の成功モデルにし、ほかの地域にも応用していくことでより良い日本をつくっていきたいです」と展望を語ります。キッチハイクによると、23度の全国の保育園留学の利用者数は約300組で、厚沢部町がそのうち140組と半分近くを占めています。

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保育園留学の利用をきっかけに厚沢部町へ移住した遠藤さんと息子の航君

保育園留学 1~2週間の移住体験と保育施設の幼児一時預かりを組み合わせた事業。地域と継続的に関わりを持つ「関係人口」の拡大を目的に、イベント企画会社「キッチハイク」(東京)が自治体と組んで事業を展開。厚沢部町が先進地で、道内では十勝管内上士幌町や日高管内浦河町など計6自治体が取り組む。費用は、厚沢部町の場合、大人2人と子ども1人の2週間滞在で、保育料や宿泊代などで約30万円ほど。
 保育園留学は「関係人口」の拡大が一番の狙いですが、中には利用をきっかけに町内へ移住した家族がいます。遠藤友美さん(38)と息子の航君(6)は23年6月、東京都品川区から引っ越しました。遠藤さんは「子どもが『はぜるは廊下を走れるし、東京の狭い保育園より全然いい』と話したことが移住の決断につながりました」と明かします。自身がIT企業に務め、完全テレワークが可能だったことも、移住を後押しした要因だったといいます。
 2023年11月にも京都市から町内へ引っ越しした家族がいて、厚沢部への移住家族は計2組となりました。子育て環境の良さから、さらに複数の世帯が移住を検討中。厚沢部町の担当者は「保育園留学は関係人口の拡大を狙った事業ですが、移住はもちろん大歓迎」と話します。
■地元園児にも好影響
 保育園留学は利用者や自治体だけでなく、都会の子どもたちを受け入れる保育施設にも利点があります。「はぜる」は定員が120人に対し、地元園児の数は2月末時点で83人と大幅な定員割れが起きています。今後、少子化でさらなる減少が見込まれる中、都会の子どもたちを預かることで収入増となります。
 さらに地元園児にとってもメリットが大きいようです。
 厚沢部町では、園児の人間関係は限定的になりがちです。しかし、都会の子どもが定期的にやってくることで、地元園児にとって新たな人間関係を学ぶ機会が増えたと言います。都会の子どもは運動が苦手な傾向があり、運動が得意な地元園児が園内にあるボルダリング壁の登り方を自発的に教え始めるなど、コミュニケーション能力が高まっているそうです。はぜるの橋端純恵主任は「外から新しい友達が来ることが地元園児にとって刺激になります」と話します。

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園児に全て英語で話しかける関・コリーンさん

環境を充実させるため、キッチハイクと厚沢部町は新たな一手を打ちました。23年7月、米国出身の関コリーンさん(33)を「はぜる」に配置したのです。関さんは幼児期から異文化に触れる環境をつくり、多様性への理解を深める指導を行う「ダイバーシティー・インストラクター」として、園児と接する時は全て英語で話します。幼園児たちもすぐに「サンキュー」などと英語を使い始めています。
■〝留学中〟の親もサポート
 さらなる子育て支援をしようと、キッチハイクは23年12月から新サービス「おむかえテイクアウト」を始めました。はぜるで夕食用の総菜を定期的に提供する内容です。事前に予約や決済を済ませ、保護者が子どもを迎えに行くと玄関で受け取れます。仕事や子育てで忙しい保護者の負担軽減を図る狙いです。総菜は町内の飲食店が地元食材を使って調理し、辛みや苦みを抑えるなど、子どもが食べやすいよう工夫。地元だけでなく、保育園留学の利用者からも重宝されています。

キッチハイクが建設した利用者専用の滞在施設2棟

都会から子育て世帯が殺到するからこその悩みがあります。現在は町内の移住体験住宅など6戸で利用者を受け入れていますが、利用が集中する夏季はすぐに満室になり、受け入れられない状況です。そこでキッチハイクは町や国の補助を得て、利用者専用の滞在施設2棟を建設しました。いずれも5人家族の利用を想定し、ロフト付き平屋建て約70平方メートル。はぜるの保育士から助言を経て、洗面台の高さを約40センチと低めに設定し、けが防止のため引き出しの取っ手をアーチ型にするなど、「子どもが主役」の造りとしました。

洗面台の高さが低く、子どもが使いやすい造りになっている滞在施設

2棟は24年6月から利用を開始予定で、すでに夏季はほぼ満室。同社は受け入れ態勢をさらに拡充するため、2棟の隣にさらに2棟のログハウスを建設します。
 保育園留学は保護者となる親のリフレッシュに加え、都会の子どもたちへの好影響が大きく、地元側も経済効果や子どもたちの発育にもメリットがあると言えそうです。大人、子ども、地域の「三方良し」の事業の拡大にも目が離せません。
【厚沢部(あっさぶ】厚沢部の「保育園留学」好評 移住体験の子ども一時預かり 70組キャンセル待ち | 拓北・あいの里地区社会福祉協議会(仮) (ameblo.jp)

2024年4月29日 10:00(4月29日 12:10更新)北海道新聞どうしん電子版より転載