ベストセラー漫画「ツレがうつになりまして。」の著者、細川貂々(てんてん)さん(54)は、うつ病や発達障害など生きづらさを抱えた人たちに寄り添う作品を発表し続けている。昨年、今年と福音館(ふくいんかん)書店から出版した児童書では、学校生活になじめない子どもたちにエールを送った。春、新学期、新生活。一歩を踏み出した子どもたちへ、かつて子どもだった大人へ、貂々さんからのメッセージを聞いた。
■何が怖いか、うれしいか、みんなの違いを認めてあげて
 ――昨春出版した「がっこうのてんこちゃん~はじめてばかりでどうしよう!の巻」は、学校という初めての場所で誰もが経験する不安を乗り越えていく物語です。自己紹介で緊張した主人公の頭の中に「どうしようオバケ」が現れ、教室のカーテンに隠れる場面が印象的でした。
 「子どものころの自分もモデルにしています。私もカーテンにくるまる感じだったので。不安や緊張を感じても、誰にも助けてもらえず、どんどんネガティブ(否定的、悲観的)になるような子どもでした。この本を読んだある母親が子どもに『あなたも、どうしようオバケ出る?』って聞くと『うん』と答えたので、どんな時に出るかを話し合って対処法を一緒に考えた、という話を聞きました。悩んでいる子どもや周囲の大人がこの本を読んで何かに気付づくきっかけになればうれしいです」
 ――主人公を見た他の子も、まねをしてカーテンにくるまる場面が続きます。ある子はカーテンにお日さまの匂いを嗅いで安心し、ある子は白いドレスを着てお姫様になった気分で喜ぶ…。何だか、ほっとします。
 「登場する10人は一人一人違う。同じ子なんていません。何が怖いか、ドキドキするか、逆にどんなことがうれしいか、何に興味があるか、当たり前だけど、みんな違います。怖がっている子どもに向かって大人はよく『気のせいだよ』『神経質すぎる』と言いますが、その子が苦手なことをちゃんと認めてあげてほしいという思いが強くあります」
 ――苦手というのは、例えば。
 「キャベツやレタスなど葉野菜のシャクシャクした音や歯触りが苦手とか、ハンバーガーやサンドイッチのようにいろんな具材が挟まっていって味が混ざるものは食べられないとか、いろんな子がいます。私はご飯など粒々が集まっているのがダメです。集合体恐怖症と言うそうです。音もあります。トントントンと同じ調子の音を聞いているとぎゃあっとなる。テレビや照明が一斉についた大型家電店も苦手です。発達障害によくある感覚過敏です。他の人はなぜ平気なんだろう、鈍感なのかなと思っていましたが、私自身に発達障害があって、他の人と違うんだと大人になって分かりました」
 ――子どもはいろんなものに敏感だけど、大人になるとどんどん鈍くなるとよく言われます。貂々さんは敏感なままなんですか。
 「だいぶ鈍くしたんですけど、まだ過敏ですね。ただ、年を取ると自然と鈍くなってくることはあります。私の場合、目で見たものを全部記憶しようとしてしまうところがあって脳が疲れたのですが、最近は視力が落ちたので少し楽になりました。大人になると鈍くなるというのは分かる気がします。面の皮1枚分ずつ厚くして、乗り切って、というのを繰り返して大人になっていくのかな。でも、苦手なことを積み重ねているとダウンしてしまいます」
 ――今年2月に出した「きょうはおやすみします がっこうのてんこちゃん」では、なんだか学校を休みたいと思う、休みたいと思っているだけで罪悪感を感じてしまう、主人公のそんな思いが丁寧に描かれています。学校、休んでいいですか。
 「いいと思います。休みたい時は休んでください。はい」
 ――いったん休むと、次、余計に行きづらくなりませんか。
 「人によると思います。休みたい時に素直に休めると次の日は行けるという子もいます。私の息子がそうでした。ただ、熱が出ているわけでもないのに家でじっとしていると、子どもは悪いことをしているように感じて萎縮してしまう。なので散歩でも昼食でも、どこか外に連れ出してあげられるといいですね」
 ――不登校の児童生徒数が毎年のように過去最多を更新しています。学校、行かなくてもいいですか。
 「行かなくていい、ときっぱり言いたいところですが、子供は、というか人は、他の人と関わっていないと成長できない面があります。助けてくれるのも人なので、面倒くさいけど、人と関わる場所には行ってほしい。学校じゃなくてもいい。例えば子どもの集まる場所で、隣でゲームをやっている子とぶつかったら、あっ、ごめん、とか。そういうのも人と関わることになります」
 ――昨年出版した「ココロの友だちにきいてみる」(笠間書院)に、貂々さんの頭の中にいるネガティブ思考の友達が出てきます。どんな存在ですか。
 「昔は私を支配する存在だったんですが、今は気付かせてくれる存在です。そんなふうに後ろ向きに考えてばかりいてはいけない、と。ネガティブ思考とうまく付き合える人はあまりいないと思うので、なるべく遠ざけてたほうがいいでしょう」
 ――遠ざけるには具体的にどうすればいいですか。
 「私の場合、その日良かったことを必ず一つ書き出すというのを48歳の時に1年間続け、次の年は自分を褒めるというのを1年間やりました。今日はちゃんと運動できたね、私って偉い!とか。心の中にもう一人の『ココロの友だち』を作り、毎日褒めてもらうようにしたんです」
 ――貂々さんが漫画やエッセーを書く原動力は何ですか。
 「みんなが気付いてないことに気づいてほしいということ、ですかね。夫のうつ病の時もそうですが、身近にあるのに、よく知らなくて見過ごしたり、見ないふりしたりということがある。それにもうちょっと気付こうよという思いがあります」
 ――漫画だからこそできることは何ですか。漫画の持つ力とは。
 「文字だけだと敬遠してしまうような、重たい、難しいことを、分かりやすく伝える力があるのではないでしょうか」
 ――2006年に出した「ツレがうつになりまして。」がまさしくそうでした。気楽に読めるし、追体験もできる。あの本がベストセラーになって、うつ病への世間の理解が深まりました。それによって、うつ病の人も少し生きやすい社会になったのでしょうか。
 「うつ病に対する世間の認知度は上がりましたね。会社を休みやすくはなったかもしれません。ただ、だからと言って生きやすくはなっていないと思います」
 ――貂々さんにとって、うつ病とはどんなものですか。
 「本当につらいので、できればなってほしくないですが、なったらしょうがないので休むしかない。休んで、なるべくゆっくり、のんびりしてほしいです。夫がうつ病になった時、最初は振り回されていましたが、途中から、自分は自分の生活を、自分の好きなことをちゃんとしようと考えました。支える側が元気でないと支えられないので」
 ――うつ病の人や家族を励ます時に「明けない夜はない」という言葉がしばしば語られます。
 「朝から土砂降りや雷の日もあるので、朝が来たから晴れやかだとは限りません。それでも真っ暗なままよりはいいと思います」
 ――貂々さんは、参加者が生きづらさを語り合う「生きるのヘタ会?」を5年前から開いています。みんな生きるのが下手なんですか。
 「ヘタ会に来る人は既に生きるのが上手だと言えます。自分が下手だと認めているから。下手だから、そのモヤモヤを話したいと思って来ているので、その時点でつらさは少し解消されています。つらいのは、生きるのが下手なのに上手だと思い込んでいる人。うまくいかないことがあっても、こんなはずはないと言い張る人です。もっと自分の弱さをさらけ出せれば少し楽になるはずです」
 ――子どもでも大人でも、新しい生活でドキドキする日々が続いている人へ、一言もらえますか。
 「自分が不安な時は、周りの人もきっと不安を感じている時だから、そんなに怖がらなくていいよ、ですかね。大丈夫、心配しないで、と言いたいです」
 <略歴>ほそかわ・てんてん 1969年埼玉県生まれ。東京都内の専門学校を卒業し、漫画家、イラストレーターに。うつ病の夫との生活を描いて2006年に出した漫画エッセー「ツレがうつになりまして。」(幻冬舎)が、シリーズ累計100万部を超えるベストセラーとなりテレビドラマや映画にもなった。他の著書に「こころってなんだろう?」「生きづらいでしたか?」「凸凹(でこぼこ)あるかな? わたし、発達障害と生きてきました」など。宝塚歌劇のファンで11年から兵庫県宝塚市在住。夫・望月昭さん(59)は回復後、エッセー「こんなツレでゴメンナサイ。」などを出版し、宝塚市教育委員も務めた。
 <ことば>不登校 文部科学省の定義によると、病気や経済的な理由といった事情がなく、年間の欠席日数が30日以上となった状態。昨年10月に発表された2022年度の全国の不登校児童生徒数は29万9048人で過去最多。小学生の約60人に1人、中学生の約16人に1人に当たる。
 <ことば>発達障害 自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)などの脳機能障害。人との関係づくりが苦手な一方、特定の物事に強いこだわりを持って特殊な能力を発揮する人もいる。2005年に発達障害者支援法が施行された。
 <ことば>うつ病 悲しく憂鬱(ゆううつ)で無気力な気分が一日中続き、日常生活に支障が出る病気。眠れなくなったり逆に寝過ぎたりすることもある。脳内の神経伝達物質の減少が原因と考えられている。厚生労働省によると日本人の約15人に1人が一生のうちにかかるとされる。
 <取材後記>人それぞれ苦手なことがある。私の場合、テレビやラジオが流れている中だと仕事に集中できない。言葉をいちいち聞き取って脳内のメモリー(記憶装置)がパンクしそうになる。緊張し過ぎるのは小学生のころからだ。今も初めて会う人にインタビューする前は心臓がバクバクする。貂々さんにそんな話をすると、優しくうなずきながら聞いてくれた。苦手なことや怖いこと、ドキドキすること、互いに想像力を働かせながら、多様性を認め合える社会であってほしい。(編集委員 関口裕士)

細川貂々さん(関口裕士撮影)

2024年4月24日 10:01(4月24日 13:31更新)北海道新聞どうしん電子版より転載