65歳以上の1人暮らしは今や国民の5人に1人。2025年になると、すべての団塊の世代が75歳以上となる。人知れず最期を迎える高齢者は増えると予想される。呼応して、独り身で財産を残して亡くなり、相続人も遺言書もなく、国庫に納められる遺産の総額も年々増え続けているという。どのくらいの金額だと思いますか―。(くらし報道部デジタル委員 升田一憲)

札幌市中央区の弁護士法人清水法律事務所の諸星渓太弁護士(41)は近年、ある仕事を受ける機会が増えてきた。
 相続財産清算人―。
 耳慣れない言葉だが、身寄りのない「おひとりさま」が亡くなった後、故人に代わって未払いの公共料金の支払い、建物や土地など不動産の処分といった財産の清算を行う専門職の名称で、家庭裁判所によって選ばれる。相続財産清算人は、弁護士がおおむね担い、最終的に遺産が残ればそれを国庫に納める仕事もする。
■債権者から家裁に申し立て
 諸星弁護士がいま、取り組んでいるのはこんなケースだ。
 2年ほど前、道央圏の一軒家で1人暮らしをしていた70代の男性が病気で亡くなった。家はそのまま空き家となったが、男性の債権者が家の売却代金から回収を図るため、家庭裁判所に相続財産清算人の選任を申し立てた。
この後、相続財産清算人の取った行動や国庫に入った遺産の総額などを紹介します

 相続財産清算人に選任された諸星弁護士が相続人関係図や戸籍の写しなどの記録を確認すると、男性には複数の法定相続人がいたが、全員が相続を放棄していた。
 「相続人は、男性とは付き合いがなく、疎遠だったため、関わりたくないと思ったのかもしれません。遺産を受け取ることができる一方、後で借金が出てきたら、と心配したのかもしれません」
 このような対応は決して珍しくないという。
 諸星弁護士は、家の売却や預金の解約、申立人である債権者への弁済、室内に残っていた請求書の支払いなどの残務整理を粛々と行い、残った遺産を国庫に入れる手続きを進めている。その額は1千万円超になると予想する。

■「おひとり様」の遺産は過去最高

亡くなった人が残した財産のうち、相続人がいない、相続を放棄されたなどの理由で国に納められた金額は年々増え続けている。最高裁判所によると、2022年度は、記録が残る13年度以降で最多の768億9444万円にも上った。13年度の総額は336億円だったため、この9年間で2倍以上に増えたことになる。
 「相続財産清算人」の選任申し立ての件数も増える傾向にある。最高裁判所の資料によると、選任の件数は以下の通りだ。
 2016年 4817件
 2017年 5024件
 2018年 5101件
 2019年 5184件
 2020年 5818件
 2021年 6233件
 2022年 6653件

 ※最高裁判所事務総局家庭局実情調査から。「相続財産清算人」は2023年3月まで「相続財産管理人」という名称だったが、「相続財産清算人」に統一

■未婚率の上昇も要因
 国庫に納められる遺産額が増える背景には、単身高齢者世帯の増加がある。2020年の国勢調査によると、65歳以上の1人暮らしは5年前の前回調査に比べ、13.3%増の671万6806人。今後も右肩上がりで増え、30年には800万人になるとの予想もある。一方、2023年の人口動態統計(速報値)によると、年間の死亡数は3年連続増の159万503人と過去最多だった。

 

未婚率の上昇も続く。国立社会保障・人口問題研究所がまとめた「50歳時の未婚の割合」によると、男性は1990年代から、女性は2000年代から上昇傾向が見て取れる。20年時点で男性は28%、女性は18%とそれぞれ過去最高を更新した。
 相続に詳しい沼沢哲也司法書士事務所(札幌市中央区)の沼沢哲也司法書士(47)も「普段の業務を通じ、国庫に入る財産は増えていると実感していました」と話す。
■早めに遺言書の作成が必要
 例え相続人がいなくても遺言書を残しておけば、希望する相手や団体などに遺産を寄贈することができる。「国庫に行くのだけは嫌」という層も一定数いて、沼沢さんはさまざまな相談に乗ってきたが、「おひとりさま」には、さまざまな壁が待ち構えているという。
 一つは自分が住んでいる自宅の処分だ。
 不動産を不動産の状態のままで寄付を受け付けている団体はそう多くなく、「売却して金銭で寄付するにはタイミングが難しく、本人が住んでいて売却をためらっているうちに体調を崩したり、判断能力が落ちたりして処分できなくなる例もあります。亡くなった後に、だれかに土地・建物の処分を頼むには、遺言書で遺言執行者を定めておくなどの準備が必要です。いずれにしても、早めに専門家に相談することをお勧めします」と話す。
 法定相続人がいないと遺産はすべて国庫に行くかと言えば、そうではない。
 一緒に暮らしたり、介護など身の回りの世話を献身的にしてくれた人がいれば、財産を分け与えることもできる。札幌市北区の司法書士、中村亨さん(47)は「身寄りがなくても、遺言があれば、最期まで面倒を見てくれた人に遺産を贈ることができます。遺言がなくても、『特別縁故者への相続財産分与の申し立て』を裁判所が認める可能性は十分あります。ぜひ検討してほしいのですが、確実に贈るためには遺言書の作成がとても大切です」と話す。
 自分が長年築いた財産。独り身のためと、みすみす国に持っていかれるのは、やはりしのびない。「誰かに、どこかに役立てたい」。そう考えるのなら、遺言書を残すことが実に大事なようだ。

2024年3月18日 14:00(3月21日 0:13更新)北海道新聞どうしん電子版より転載