当地には高齢者のためのグループホームがあり、十人あまりがサポートを受けながら生活している。高血圧などで診療所に通院している人も多く、ホームでの暮らしの様子をいろいろ教えてくれる。
 中でも食事の話はおもしろい。「おひな祭りにはこんなのが出ましたよ」と特別な食事の話をしたり、「山口さん(仮名)の作る料理は最高においしいんです」と調理スタッフの名前を挙げたりする人もいる。
 ある日、その山口さんが患者として診察室にやって来た。足の痛みの薬がほしい、とのこと。私は処方した後にこう言った。「ホームの方々、山口さんの作る食事を楽しみにしてるみたいですよ。いつもお名前を聞いてます」
 山口さんは「励みになります」とうれしそうに笑った後に、「先生、こないだテレビに出てましたよね。多くの人にお話を届けるってすごいじゃないですか」と言った。
 そうだろうか。もちろん、本やテレビはそれを読んだり見たりしている多くの人に、メッセージを伝えることができる。でも、その人たちは顔も見えないし名前もわからない。
 それに比べて山口さんは、いま目の前にいる高齢者たちのために食事を作り、食べて「おいしいわ」と言ってもらい、心からの笑顔にすることができる。そちらの方がずっとすごいのではないだろうか。
 それからしばらくの間、診察室で「すごいのはあなたですよ」「いや、先生だって」と言い合い、最後はお互い笑って「ではまた」とあいさつした。きっと答えは「どっちの方がすごい」ではなくて、「どっちもすごい」のだろう。
 メジャーリーグで活躍する人もいれば、家の花壇に花を植える人もいる。一流レストランのシェフもいれば、家族のための食事を作る人もいる。みんな精いっぱいがんばっている「すごい人」なのだ。(かやま・りか 精神科医、総合診療医)

2024年3月31日 5:00北海道新聞どうしん電子版より転載