精神障害者らが通所する就労継続支援B型事業所「ここリカ・プロダクション」(札幌市白石区)に19日午前、真剣な面持ちでパソコンに向かう男性2人の姿があった。道内で障害者支援に取り組む専門家のインタビュー映像作品を制作中で、2人は映像に字幕を付ける作業に励んでいた。

事業所の利用者が映像作品に字幕を付ける作業を手伝う服部さん(左)
■気長に指導
 時おり助言しつつ見守っていた「ここリカ」管理者で精神保健福祉士の服部篤隆さん(52)が「最近までパソコンを使えないって言ってましたよね」と話しかけた。統合失調症がある平泉靖昭(やすあき)さん(55)は「気長に教えてもらっているので助かっています」と笑顔を見せた。
 「ここリカ」は、スタッフ4人と、メンバーと呼ばれる20~50代の利用者12人で構成する。「障碍(しょうがい)者メディア事業所」と銘打ち、障害のある当事者の視点から情報を発信している。
 コミュニティーラジオの番組「ここプロありのままラジオ~ファンキーで行こう!」のパーソナリティーを週1度務めるほか、大学・専門学校で福祉や医療を学ぶ学生への出張講義、オリジナルの映像作品の制作・販売など仕事内容は多岐にわたる。
 服部さんは大学卒業後の1996年、公益財団法人北海道精神保健推進協会(札幌)に就職。この団体が運営する「ここリカ」に2016年に異動し、23年4月、管理者に就いた。
■素顔伝える
 利用者たちの困りごとはそれぞれ異なる。統合失調症、うつ病や双極性障害(そううつ病)などの気分障害、発達障害、知的障害の人などがいる。感情表現が苦手で人とぶつかってしまう人、幻聴があって作業に集中しづらい人、体調が不安定で休みがちな人もいる。
 「大切にしているのは、『語り』を通して相手を知ることです」と服部さん。事業所で取り組む「にんげん図書館」はその仕掛けの一つ。人間を「本」に見立て、対話時間を貸し出す試みで、23日には関連のイベントを市内で開催した。
 「自分の半生を語ることで聞き手である『読者』と経験を共有し、本人も自分の過去を捉え直して新しい意味づけが生まれることもあります」
 さらに、スタッフと利用者が対等な立場で協働し、仕事を生み出してきた。例えば、もっと自分たちの素顔が伝わる場を作ろうと、昨年から動画投稿サイトユーチューブで月2回のライブ配信を始めた。
 22日は、自閉症と注意欠陥多動性障害(ADHD)がある伊藤竜綺(たつき)さん(33)がディレクターを務め、利用者2人が「小さいころの遊び」をテーマに語る様子を撮影し、公開した。伊藤さんは「自分で仕事を考えて企画し、自分のペースで働けている」と手応えを語る。
 ほかにも、障害ゆえに直面する出来事をユーモアたっぷりに表現した「障碍者あるあるLINEスタンプ」など、次々とアイデアを実現させている。
■胸を張って
 「ここリカ」が立ち上がったのは10年前の2014年。きっかけは、同推進協会が運営する精神科デイケア施設の利用者から「デイケアでリハビリを終えた後、働きたいところがない」との声が上がったことだった。
 米国の大学で映像制作を学んだことのある、元利用者でピアスタッフの丸子慎平さん(53)が中心となり、障害者によるメディア事業所の設立に動いた。施設のスタッフ、利用者、家族会で1年かけて準備をして実現させた。
 丸子さんは統合失調症を発症し、一時期は精神科の閉鎖病棟に入院したこともある。事業所での活動を通して「障害があるために家に閉じこもっている人が、一歩外の世界に出る励みになれば」と期待する。
 服部さんは「障害や疾患があると、周囲も本人もその大変さにとらわれがち。でも、病気は本人の一部です」と強調する。おやじギャグを言うムードメーカーもいれば、人なつっこい人、自分の気持ちを伝えるのが上手な人、パソコン作業やイラストが得意な人―。「元気な部分や持ち味、豊かな才能が発揮されている姿を見るとうれしくなる」と話す。
 もともと、同法人に事務職員として就職した服部さん。デイケアで専門職が仕事をする様子を見て、「自分も直接関わりたい」と精神保健福祉士を志した経緯がある。
 コロナ下で、講演会や研修会などをオンラインでも視聴できるよう、会場の映像を撮影する中継業務の受託が増えた。道内各地に出張し、活躍の場が広がる。
 「偏見や誤解、勘違いは誰にでもある。もっと私たちを知ってもらい、障害があっても胸を張って生き、働ける社会になっていったらいい」。そう服部さんは願っている。 (有田麻子)
 =おわり=


■企業の精神障害者雇用13万人に 職場の環境づくり課題
 就労継続支援B型事業所は、一般の企業などに雇用されるのが困難な人に対して、雇用契約をせずに就労の機会を提供、就労に必要な知識や能力の向上を図る。道障がい者保健福祉課によると、道内には1289カ所ある(2024年2月末現在)。
 B型事業所を経て、一般就労や雇用契約を結ぶA型事業所への移行が想定されている。ただ、厚生労働省のまとめでは全国のB型事業所からの一般就労への移行率は13.2%(19年現在)と低くとどまり、横ばいの傾向だ。
 一方で、企業における障害者雇用は年々、増加傾向にある。厚労省の「雇用状況」によると、23年に企業で雇用されている精神障害者の数は前年比約2万人増の約13万人だった。
 課題は職場の環境づくり。全国の都道府県労働局は、職場の同僚へ精神障害・発達障害の正しい知識と理解を広めようと、17年度から「精神・発達障害者しごとサポーター」の養成講座を開いている。
 オンラインで無料のe-ラーニング版(https://x.gd/to9Dk)もあり、精神疾患の特性に関する基礎知識や共に働く上でのコミュニケーション方法などを学べる。

民間企業における精神障害者の雇用状況


 <略歴>はっとり・あつたか 日高管内浦河町生まれ。精神保健福祉士。1995年、北星学園大卒業。翌年、公益財団法人北海道精神保健推進協会に就職。同法人が運営する、こころのリカバリー総合支援センター(旧札幌デイ・ケアセンター)での10年間の勤務を経て、2016年にここリカ・プロダクションへ異動。23年から現職。道精神保健福祉士協会札幌東ブロックの理事、道中小企業家同友会札幌支部インクルーシブ委員会の障がい者雇用チームのサブリーダーも務める。

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みんなそれぞれ持ち味と豊かな才能がある。僕なんかかなわない」と話す服部篤隆さん(石川崇子撮影)

2024年3月28日 5:00北海道新聞どうしん電子版より転載