新年度の介護報酬改定で、訪問介護サービスの報酬が減額されることに、道内の事業所が懸念を強めている。地方の小規模事業所ほど打撃は大きいとみられ、年100万円超の減収を見込む事業所もある。国は在宅介護の推進をうたうが、道内のヘルパー団体は「事業所の撤退が加速し、サービスを受けられない地域が広がる」と危惧し、近く加盟事業所の経営実態調査に乗り出す。
 14日、釧路管内厚岸町で訪問介護事業所「おはなさん」を経営する佐藤郁子さん(69)は町内の独居男性(71)宅を訪れると、すぐに足湯の準備にとりかかった。男性は病気で足が腫れて爪が変形し、毎日丁寧な洗浄が欠かせないという。
 佐藤さんは男性の足を洗いながら「退院したばかりの数年前は寝たきりだったのに、つえを使って自分で歩けるようになった。元気になったね」と話した。
 男性は買い物や調理、通院などの介助を受けながら1人暮らしを続け、刺し身を食べたいとお願いすることも。「施設だと自由がきかないけど、自宅なら好きなものを好きな時間に食べられる」と笑顔を見せた。
 佐藤さんは町立病院の看護師などを経て2007年に訪問介護事業所を開設した。ヘルパーは自分を含めて4人で、介護報酬対象外も含めて高齢者20人を見守る。
 ただ、報酬減額を控え、「都会と違い、移動だけで往復1時間かかる場所もあり、経費もかかる。今でも経営はぎりぎりで、倒れていく事業所が出るのではないか。うちもあと何年続けられるか」と案ずる。
 ヘルパー約50人で約200世帯を訪問する釧路市社会福祉協議会は今回の改定で年170万円前後の減収を見込む。ヘルパーを確保できれば訪問収入を増やすことができるが、「ヘルパーは10年以上前の3分の1に減った」と人材不足を嘆く。
 国は3年に1回、介護報酬を見直している。新年度の改定では、施設介護など大半のサービスで報酬を引き上げ、全体では1.59%増となるが、訪問介護は2~3%の減額となる。
 国が引き下げの根拠としたのは、22年度決算の介護事業経営実態調査で、訪問介護の収支差率(利益率)が全サービス平均の2.4%を大きく上回る7.8%だったことだ。
 ただ、調査では、訪問介護事業所の36%余りが利益率0%未満の赤字だった。訪問が月400回以下の事業所は利益率が1%台なのに対し、月2001回以上は13%台と10倍以上の開きがあり、小規模事業所ほど経営が厳しい実態も浮かぶ。

 全体の利益率を引き上げたのは、サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)などに併設されて実質移動時間ゼロの事業所や都市部の大手事業所だ。
 昨年4月に独立して釧路市内に「訪問介護のみかん」を開設した丸山健太さん(52)はヘルパー7人で高齢者70人余りの面倒を見る。「みんな住み慣れた家で暮らしたい。それを支えられる訪問介護はやりがいがある」と強調する。
 新年度の報酬改定では、介護人材の不足を踏まえ、介護職員の月額賃金引き上げにつながる措置も盛り込まれた。だが、丸山さんは「報酬が下がって事業所の体力が弱まれば、職員に支給する賞与にも影響するかもしれない」と困惑する。
 今も毎日のように新規利用の申し込みがあるが、人手を確保できないため、やむなく断っている。「ただでさえヘルパーは人気がないのに、報酬改定でますます施設に人材が流れかねない。国は在宅重視と言うなら、本来守るべきは一軒一軒回る事業所だ。なぜ訪問介護だけ減額なのか」
 道内では人材不足などを背景に地方で訪問介護事業所の撤退が相次ぐ。北海道新聞の集計では、昨年9月までの過去5年間で、訪問介護事業所が増えた自治体もあるが、苫小牧市や北斗市など43市町村では計77の事業所が減った。
 道内の訪問介護事業所でつくる北海道ホームヘルプサービス協議会(札幌)は今回の報酬改定で撤退が加速しかねないと危機感を強め、2月26日には道に「このままでは訪問介護サービスが受けられない地域が今以上に広がる」として報酬引き上げに向け国への働きかけを強めるよう求める要請書を出した。
 新年度には加盟事業所の収入がどの程度減ったか抽出調査を行う考えで、「なるべく早い時期に実施したい」としている。
■後継者育成が急務
 介護保険制度に詳しい淑徳大総合福祉学部の結城康博教授(社会福祉学)の話 訪問介護サービスの報酬引き下げは完全な失策だ。在宅介護を諦めたと思われても仕方ない。
 訪問介護にはサ高住などの併設型と一軒一軒回る地域密着型の2種類ある。本来ならこの二つを分けて報酬を見直し、効率の良い併設型の報酬をもっと引き下げ、独居の高齢者や老々夫婦世帯を支える地域密着型サービスの報酬は維持すべきだった。
 ヘルパーの4分の1は65歳以上の高齢者で、後継者をつくらないと地域密着型の在宅サービスは維持できなくなる。事業所の体力が弱まれば、ヘルパー養成や採用活動の余力がますますなくなる。国は臨時改定も含め訪問介護の報酬を再考すべきだ。

サイドバーでクエリ検索

厚岸町内の訪問先で独居男性の足を洗浄する佐藤郁子さん。「国は地方の介護実態を見てほしい」と訴える=14日(大島拓人撮影)

2024年3月20日 17:21北海道新聞どうしん電子版より転載