高齢化が進む日本では、独居の高齢者の数が増加している。そこで起こる現象の1つが「孤独死」だ。誰にも気づかれず、独りで亡くなることである。

近年、保険業界ではこうしたことを受けて「孤独死保険」が広まっている。

孤独死保険とは、特殊清掃の費用を負担するためのものだ。孤独死が起き、発見が遅れた場合、遺体は腐敗するなど現場は凄惨な状況になる。

このような事態が起こると、専門の清掃業者に特殊清掃の依頼をする必要があるが、その費用は数十万円と高額だ。そのためアパートやマンションでは、入居者に孤独死保険に入ってもらうのだ。
孤独死保険は、多くの場合、火災保険などとともにセットになっているので、加入者の中には自分が入っていることに気づいていない人も少なくない。だが、業者によれば、都内の高齢者が独りで暮らすようなアパートは、半分くらいが加入しているのではないかとのことだ。逆に言えば、それほどまでに孤独死が一般化しているということなのだろう。特殊清掃業者が目にする現場は、凄惨なものが多いが、時にはまったく想像もしなかったような光景を目の当たりにすることもあるという。残酷さとは別の、人間の「業」がそのままあらわれているようなものだ。

現代の高齢者の孤独を描いたルポ『無縁老人』(石井光太、潮出版社)から一部を紹介したい。

未開封の食品がたくさん……
北海道を拠点に特殊清掃業を行っているのが「アイムユー」の代表取締役の酒本卓征氏だ。自衛官や生命保険の営業職を経て、この会社を立ち上げた。

これはそんな酒本氏の体験談だ。

ある日、一軒屋で独り暮らしの高齢者が亡くなった。住人は認知症を患っていたらしく、家はゴミ屋敷になっていた。そのため、親族だけでは片付けができず、清掃の依頼をしてきたのである。

酒本氏が家を訪れると、玄関から廊下に至るまで、ゴミが20mくらい山づみになっていた。足の踏み場はまったくなく、未開封のままの食品もたくさん転がっていた。袋を見ると、17~18年前からゴミ屋敷化がはじまっていたようだった。

こうした家の清掃には、危険が伴う。ゴミの中にカッターやガラスの破片などがまぎれているだけでなく、糖尿病の注射器などが転がっている場合もあるからだ。間違って触れて、大怪我や感染症につながることもある。

酒本氏は感染予防のマスクをつけ、刃物を通さない特殊な手袋をはめ、清掃作業に当たった。目の前のゴミを片付けて先へ先へと進んでいく。

家の奥へ行くにつれて、酒本氏は衝撃的な光景に何度も出くわすことになる。

たとえば、トイレへ行くと、床が抜けており、ビニール袋が何百個も投げ込まれていた。ビニールの中をのぞいてみると、大便が入っていた。おそらく壊れたトイレを修理せず、ビニールに用を足して捨てていたのだろう。

あるいは、台所へ行くと、麦茶用の1.5リットルの容器が尿で一杯になっていた。容器を尿瓶として利用し、ここに用を足して満杯になったら捨てていたらしい。

酒本氏は陰鬱な気持ちになり淡々と作業を進めていた。やがてにわかには信じがたい光景を目の当たりにすることになる。

だいぶ清掃が進んできたと思っていた時、突如としてゴミの山の奥から知らない部屋が現れたのだ。清掃をする前に下見をして見積もりをつくるのだが、その時は4LDKだと思っていた。だが、ゴミの山に隠れていた部屋がもう1つあったのだ。――まだあったのか……。

酒本氏がドアを開けると、子ども部屋のようだった。部屋の端には子ども用の勉強机が置いてあり、本棚には児童書やおもちゃが並べられている。ついさっきまで、子どもがここで遊んでいたような光景だった。

一体、どういうことなのだろう。

子ども部屋がきれいなままだった理由
清掃が終わった後、酒本氏は依頼主に、子ども部屋について尋ねてみた。故人には、小さな子どもがいたのですか、と。すると、こんな答えが返ってきた。

「亡くなった方は、昔、小さなお子さんを失くしたんです。子ども部屋はその子の部屋だったのかもしれません」

故人は早くに亡くなった子どもの遺品を捨てることができなかったのだろう。だから、ずっと子ども部屋をそのままにして残していたのだ。やがて故人は認知症を患って生活は荒んでいったが、子ども部屋にだけはゴミを捨てなかった。そのため、外の廊下にどんどんゴミがつみ重なり、子ども部屋はきれいなまま埋もれて見えなくなったのだ。

酒本氏は、この時の気持ちを次のように述べる。

「この家から出たゴミの量は20トンくらいでした。大型トラックでも運びきることができない量です。子ども部屋を見たこともあって、この家の住人がどんな気持ちでゴミに埋もれて生活されていたのかと想像すると心が痛みました。

昔だって高齢者が心を病むことはありましたが、親族や友人のサポートがあったからゴミ屋敷にならずに済んだ。でも、今は違います。そうした親密な関係がなければ、家は家主が心を病んだ途端にゴミ屋敷になってしまう。そういう意味では、現代に特有の問題だと言えるかもしれません」

人が亡くなった時に残されるもの。そこにはその人の生前の生き方、悲しみ、希望、夢などが散りばめられている。

そんな中で、酒本氏は特殊清掃で出くわす「ペット」との哀しみのエピソードについても語る。詳細は【後編:特殊清掃業者が明かす「残されたペットがご遺体を食べ…」目を疑う現場】で詳しく述べたい。

取材・文:石井光太

’77年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。国内外の文化、歴史、医療などをテーマに取材、執筆活動を行っている。著書に『絶対貧困』『遺体』『「鬼畜」の家』『43回の殺意』『本当の貧困の話をしよう』『格差と分断の社会地図』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』などがある。

 

FRIDAYデジタル によるストーリー • 3 時間